〔 質問者 〕薬毒のことにつきまして、昨日ある医師といろいろ話をしました。医者のほうも薬毒は分かっているのですが、結局最近は高血圧、癌というような症状で死ぬ人の年齢が低くなってきたということは、それだけ血が濁ってきたからだ。だいたい腎臓で濾過してきれいにするべきであるにかかわらず、腎臓が悪くないのに死ぬということは、腎臓の機能を越えて血を濁らすなにものかがある。私はそれが薬毒だと言うのです。それで血の濁りは食物にもある、最近に至って人間の食物が変わってきたに違いない。ところが変わってない。ただ薬が変わってきたわけです。医学でも薬毒は認めるが、これは一定時間に排泄されるということを主張しているわけであります。それから話は体質ということになって、お酒も一升飲んでも平気な人もあれば、二、三杯飲んでもフラフラになる者もあり、同じ薬でも強く働くのもあり、たいして働かない人がある。それをどう説明するか、と言ってきたのです。それも宗教面とすれば、霊の曇りということになります。霊の曇りということになると、人間の罪ということになりますが、これは前世の罪もあれば、祖先の罪も、自分が今生で犯してきた、そのうえに薬というものが働くというように考えてしかるべきだ、という気がしたのでございますが。
【 明主様 】根本的に違ってます。薬というものは、薬によっては排泄されるものがあるという、それが根本的に誤りです。全部体外に出ないのです。残っているのです。その代わり減るには減ります。それから曇りというのは、祖先の曇りというのは知れたもので、薬毒のほうがずっと多いです。薬毒で霊を曇らせるというそれがほとんどです。よくお蔭話で「自分のような罪穢れの多い者は」とありますが、そういう罪穢れはいくらもないので、薬毒のほうが一〇倍も二〇倍もあります。
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