〔 質問者 〕謹んでお伺い申し上げます。
私は三四歳ごろより大酒呑みになり、アルコール中毒になりましたので、妻が心配し、河内のⅠ神社に願をかけましたところ、約半年ほどの間はよほど少なくなりました。そのころT教の霊媒により、私の大酒呑みは実弟(二四歳死亡)が昭和一〇年ごろ、上海より持ち帰りました支那の七賢人《しちけんじん》を、神戸で友達に分かち二体を家へ持ち帰りましてから、淋病や肋膜炎、ついには結核性脳膜炎で死亡いたしました。その原因は「七賢人を分霊させたたたりと、そのうえまだまだ災難の続くところ、妻が助産婦の業をいたしておりますゆえ、私が大酒呑みの程度ですんでいる。いまでは中毒になっているから今年中に命のないところ、神様へ対する誠によって命をいただいたのですよ」と言われ、今後絶対に災難のないようにと、七賢人より彫刻した人の霊を抜いていただきました。
その後(昭和二四年三月)救世教へ入信の光栄に浴し、ただいま大光明如来様御奉斎、大光明の御守り様も妻とともに拝受、御守護により入信後、一〇ヵ月ほどはまったく止まっておりました酒を、二年ほど前からまた呑むようになりました。
これは、七賢人の霊の上へ遠縁の酒呑みの車夫の霊もかかっているとのことでコップ酒を好みます。
七賢人はなんとも言えぬ凄い顔をいたしておりますので、家へ置きたくないのですが売ることもできず、そのまま違い棚の上に置いてあります。
先日長男(二二歳)が意識不明の御浄化をいただき、先祖が出てまいりまして 「七賢人は美術館に献納させてもらいなさい。すると、七体がおのずから集まってくる」と、申しましたが、いかがさせていただきましたらよろしゅうございますか。また、七賢人の霊および作者の霊は、はたして抜けておりますでしょうか。私の酒呑みと、七賢人および酒呑みの車夫の霊とはいかなる関係がございましょうか。尊き御神業の一端をまっとうさせていただきたく、右謹んでお伺い申し上げます。
なにとぞ御垂示のほどお願い申し上げ奉ります。
ちなみに七賢人は黒檀で刻まれてありますが、作者、年号とも不明でございます。
【 明主様 】 最初一〇ヵ月間止まった御守護に対し、相応な報恩をしないからであるから、そのことを第一にお詫びをすべきである。そうして物質なり、信者を作るなりして、力の限りお役に立つことである。そうすれば、酒も止み、万事都合よくなる。次に七賢人はそのままにしておいてよろしい。