十一月二十六日
ようやく手順がついたので、来月の末あたりにハワイに、樋口さんと後一、二人連れて行く予定です、ハワイといってもわけはありません。最新の飛行機では一一時間何分……一二時間です。ですから朝行くと晩には着いてしまいます。現在のでも二〇時間くらいです。ですから造作ありません。それからロサンゼルスも信者が幾人かできて非常に来てくれという向こうの要求があるのです。これはいずれは樋口さんも行くでしょうが、最初は画家の嵐さんという人です。立松さんも行くかもしれません。そんなようでボツボツあっちの方面にも手をつけようと思ってます。ちょうど『アメリカを救う』という本ができますから、それをお土産に持って行くことになってますが、ちょうど良いと思います。日本文は来月できあがるから、すぐに売り出すつもりです。それから英文はもう少し遅れると思います。ですから最初は日本文を持って行くことになりましょう。最初はあっちの日本人が読んだだけでも良いです。そうしているうちに、だんだん知れてきます。それで春になる早々、英文のほうを大いに向こうに配ったり売ったりするつもりです。それで日本文のほうも、各大臣、国会議員、大病院、新聞社と、そういう方面に配ろうと思ってます。これはどうしても問題になると思いますが、問題になったらしめたものです。けしからんとか、あんなものは禁止しなければいけないとなれば、もう良いのです。そうすればうんと売れますから……。表紙ができましたから、表紙だけを見せます。こういう体裁ですが、ずいぶん派手でしょう。これはつまりアメリカの星、闇の世の中に太陽が出始めた、昇り始めたという意味ですが、それはこっちだけは分かっているが、世間の人はそこに気がつきません。この字は小さいが「世界救世教教主岡田茂吉著」としたのです。本屋の店に出しても非常に目立つだろうと思います。おそらく目立つので字を読んでみると『アメリカを救う』ですから、これはどうも読まないわけにはいかない、となる。私は昔商人をやりましたから、そういった人の購買心をそそるということは、そうとう……。それでアメリカに評判になってくれると良いのです。アメリカに評判になると、日本人は日本で評判になるよりか買います。無論問題にならざるを得ないと思います。医学をこれ以上のものはないと思っているところに、ぜんぜん反対の説を唱え、しかも説だけでなく実際にこの通りの効果があるというお蔭話を、一つ一つの病気に、その病気に関したお蔭話を少ないのは三例、多いのは六例を挿んでありますから、けしからんといって文句を言うとか、アラを見つけようと思っても、実際の本人の手記がありますから、どうにもしようがないのです。証拠をつきつけてあるのですから、反対しようとしてもできないわけです。できなければ頭を下げるよりほかにしようがない。もし頭を下げると、いままでの医学というものが、とんでもないことになりますから、どうしようかという結論になります。アメリカもそうですが、日本でも無論そうです。そこでこっちの新聞広告などもそうとう何回も出そうと思ってます。問題になってしまえばいいですが、それは新聞広告以上です。そうすると結局において、どうするか。このほうに手を挙げるか、あるいはこれをけとばして医学のほうに手を挙げるかというところまで、どうしても行かなければならないと思います。そうなってくると、いよいよおもしろくなってくるのです。そうなると、実験するとかいろんなことが出るでしょうが、そうすればしめたものです。一挙に医学というものを降参させてしまいます。ただそうなると医学に関係した者、それから薬屋がたいへんだろうと思います。だから結局、お医者のほうはこのほう(御浄霊)に転業すれば良いですが、薬屋さんの失業者は一番困る。資金を投じてあるのですから……。病院の建物はなんにでも使えますが、薬屋の工場はなんにも使えませんから、一番打撃を受けるわけです。しかしこれはやむを得ないのです。大の虫を生かして小の虫を殺すよりほかにしようがありません。いままで長い間善意の罪悪を犯した経路というわけです。医学というものが、要するに善意の罪悪です。そういったややこしい言い方がいろいろあるのです。
私がいま書いているのは、文化的文明人と文化的野蛮人と両方を書くわけですが、文化というものは文明とは違うのです。それは字で見ても、片方は化け物の「化」で、片方は「明るい」というのですから違います。それでいまは文化的野蛮時代です。すべては文化的になってますが、実際は人間の命の保証ができないのですから野蛮時代です。それでこっちの目的は文化的文明人をつくるのです。だからややこしい言い方ですが、それでなければピッタリしないのです。
それから愛国心についてときどき問題になっているようですが、私の見方の愛国心は、つまり新しい愛国心、忠君愛国でない民主的愛国心です。
(御論文「新しい愛国心」朗読)〔「著述篇」第一〇巻七〇六―七〇八頁〕
(御論文「医学療法と信仰療法」朗読)〔「著述篇」第一〇巻七一二―七一五頁〕
いま読んだ通り、これはお医者さんのほうはよけいそうですが、このごろ世間の傾向が、新宗教というものを軽蔑する見方がよほど減ってきたようです。非常に良い傾向にはなってきましたが、それでも宗教で病気が治るということは精神作用だ、と。だからこの間もこういうことが『東京日日』かにあったと思いますが、お医者さんは肉体的に治し、宗教のほうは精神的に治すから、両々相まってやれば理想的だということが出ていたのです。みんなそういう見方をしてます。だから精神的に神様の御利益で治るという、要するに自力観念によって治っていくという見方をほとんどがしているので、これがたいへんな間違いです。ですからほかの宗教はそういう点もあるでしょうが、メシヤ教は逆なのです。それを認識させることがもっとも必要だからこれを書いたのです。精神作用から言えば医学こそ、あれほど精神作用で治そうとするものはない。あれほど進歩した医学で設備のある大病院でやれば「きっと治る」という精神作用はすばらしいものです。ところがわれわれのほうに来るのは「そんなことで治るものか、あんまり奨めるからしようがないがやってみてもらうのだ、こんなことで治ったらよほどどうかしている」という疑いと軽蔑とは、精神作用どころかぜんぜん逆です。「治るものか」と思って来るのです。それで医学のほうに行く人は「治るだろう、治るだろう」と思って行くのですから、精神作用から言えば医学のほうがずっと上です。われわれのほうは零です。それでも医学のほうで治らない者がこっちで治るのだから、その違いさを考えてもみなければならない。そこに、信仰でも病気は治る、という世間の偉い人たちの見方にたいへんな違いがあるわけです。それを引っ繰り返さなければならない。ところがいままでの信仰はそうなのです。つまりほとんど自力が主になってましたから、自分で、治るだろう治るだろうとやる。生長の家などの説き方はそうなってます。本来は、人間は神の子だから神の子に病気はないのだ。それで苦しいとか、つらいというのは一種の観念の作用だ。だから病気がないと思えばなくなってしまうのだ、というように説いてますが、そういう説き方とすると、それは精神作用で病気は治すという論拠にはなります。ところがメシヤ教はぜんぜんそうではない。そんな、あるものをないと思えばないというが、あるものはあるのです。苦しいのは苦しいのです。いくら痛くても痛くないと思えと言ってますが、生長の家の信者には、額に八の字を寄せてしかめながら「痛いんじゃない、痛いんじゃない」と言っているが、いくら思っても痛いので駄目だから、メシヤ教に入ったというのがありました。そういうようですから、あの説き方も結果は非常に害をするのです。ほかの宗教を悪く言うのは嫌いですが、やはり本当の真理を説くに当たってはやむを得ない。
だから『アメリカを救う』の結論はずいぶん徹底して書きましたが、そう書くよりほかに人類を救う上においてしかたがないのです。いま読ませてみます。
(御論文『アメリカを救う』「結論」朗読)
〔「著述篇」第一一巻四〇―四二頁〕
この間、アメリカに三〇年もいる人の話を聞いてみると、アメリカ人のスポーツの選手になる人ですが、アメリカ人も今度のオリンピックではだいぶ良いレコードをつくりましたが、結局そういったのはみんな黒人の血が混っているそうです。純粋のアメリカ人はほとんどないそうです。もし医学が人間の体力を強くするものなら、医学衛生を子供のうちから守っている白人のほうが強くなりそうですが、そうではないのです。映画を見てもそうです。白人と黒人が駆け出しているのを見ると、子供と大人のようにまるっきり違います。ですからとにかく恐るべき迷信に陥ってしまったのです。医学ほど大きな迷信はないのです。ですから私が、医学が世界的迷信の親玉というのは、そういうわけです。ところが先様のほうではこっちのほうを迷信と言っているのですから実に逆様です。大本教のお筆先に「世は逆様になりておるぞよ、神様本様<ほんさま>に直すのであるぞよ」とありますが、やっぱりおもしろく書いてあります。こういうことは霊的にみても非常におもしろいのです。霊的というが言霊<ことたま>です。言霊からいうと、仏教は夜の教えだということを言ってありますが、夜の教えで、つまり西から東に来たものです。ですから仏教はインドで興っても、西のほうには行かないのです。西のほうはマホメット教です。みんな東に来ているのです。中国からビルマ、タイ、日本と東に来ている。だから逆になっている。ですから「シャカ」という言霊は、「サカ」といって「逆様」ということです。「逆」ということです。この言霊も非常におもしろいと思います。ですからいまの医学も逆になっていたわけです。毒が外に出ようとするのを出さない。ところが出ようというのを出そうというのが浄霊で、医学のほうは出さないように押し込めている。ですからどうしても今度は逆様が本様に直るという時期が来ないわけはないのです。この図案(『アメリカを救う』 の表紙)も逆様を直す図案なのです。これが本当はこう(日本が上に)いくのが本当ですが、それではいまは具合が悪いですから、こういうようにしてあるのです。だから本当はこれが真っ白になって、真ん中になるのが本当ですが、まだまだ時期がいかないからこうしてある。そういうようで、いろんなものを見るとほとんど逆になっている。ですから写真がそうです。西洋の写真はみんな男が右になっている。女が左になっている。夫婦でも必ずそうなってます。これは逆になっている。ですから外国のほうは体主霊従<たいしゅれいじゅう>です。それで日本は霊主体従<れいしゅたいじゅう>です。それを日本が外国のまねをして、天皇陛下の御真影もあべこべになってます。陛下のほうが右で皇后様のほうが左になってます。これはいままではしかたがなかったのです。それで霊主体従になれば初めて本当に平和な世界ができるわけです。