昭和二十八年十一月六日 

十一月六日

 話は宗教には関係のないことですが、アイゼンハウアーが割合良い成績でアメリカの大統領に当選しましたが、この原因を良く考えてみると、なにしろアイゼンハウアーという人はごく貧乏人の伜<せがれ>で子供のうちからさんざん苦労した人であるし、それからスティーヴンソンのほうは金持ちの息子で、子供のうちから非常にお坊ちゃん育ちだったのです。ほかにもありますが、その点が一番だと思います。だからアイクのほうは実行力があるのです。どんな問題でも、つまり実行力で解決づけてしまうという、そういったやり方ですから、ああいった選挙のようなことでもそういう点は隙がなくやるわけです。ところがスティーヴンソンのほうは、どっちかというと理想派のほうで、実にお上品でインテリがみると非常に良いが、アメリカの現実主義の国民性としたらアイゼンハウアーを支持するというわけです。スティーヴンソンというのは、ちょうど日本の犬養健<いぬかいたける>に似ているような気がするのです。ですから犬養健というのは、頭は良いしなかなか偉いのですが、やはりお坊ちゃん育ちなので、そこにどこかナメられるという、そういう点があるのです。

 世の中は、相手がインテリ階級もあるし労働階級もあるし中産階級もあるというわけですから、その人たちみんなが大いに共鳴するといったようなことは非常に難しいのです。私はそういう点は宗教でも大いにあると思います。譬えてみれば、生長の家というのはインテリを狙って出版物ばかり発行してますから、そういう階級には相当です。このごろ宗教のようになりましたが、以前は宗教ともちょっと違うような形がありました。非常にお上品なのです。そこに行くと立正佼成会というのは、太鼓叩いて、法華経ですが、あれはインテリではなく大衆です。ただ太鼓叩いて「ありがたいありがたい」と言って喜ぶという、そういうのに大いに受けるのです。そうかと思うとPL教は「宗教は芸術なり」ということを一番の建前にしてます。それには違いないが、芸術とはなにかというとダンスをやるのです。別に美術的のことをするのでもなし、文学とかとそういうこともないし、「宗教は芸術なり」というが実際やっていることはダンスを主にして、あとは夫婦が非常に仲良くしなければならないというのでやっているのですから、言うこととは少し違っているように思われるのです。メシヤ教のほうは言う通りに実行してますから、その点において大いに認められるわけです。そういうようなわけで、上中下のあらゆる階級に合うということは、なかなか難しいのです。そこでメシヤ教のほうは病気が治るというこれが武器です。これはどんなインテリだろうが労働者だろうが、庶民でもなんでも、病気というのは一律一体です。ただインテリのほうは医学迷信の信者のほうが多いから、これはちょっとやりにくい話ですが、ですからこういう人たちが分かり出すと非常に早いわけです。しかしメシヤ教には割合有象無象<うぞうむぞう>はないだけ、ほかとはたいへん違うわけです。

 それでアイゼンハウアーが朝鮮に行って、朝鮮問題を解決するといってますが、あれは一つの人気取りでもあるのですが、けれどもなかなかそういうわけにはいかないでしょう。なにしろアメリカの人の頭でソ連を考えたら、それは分かるはずがありません。てんでアメリカ人が想像もつかない腹です。スターリンの腹の中を分かるという人は、おそらくないだろうと思います。というのは、スターリンも自分で分からないのです。スターリンの奥にスターリンを操っている者があるのです。これはやっぱり霊界ですから、非常に神秘で奥深いのです。

 それでいろんな平和運動とか、この間も日本で仏教徒大会がありましたが、アジア各国の仏教家の偉い人がみんな来て決議をしました。世界平和の運動、つまり仏教精神を大いに吹き込んで、大いに世界を平和にするというので、看板は良いですが実際馬鹿馬鹿しいものです。平和をどうするこうするということは急所があるのです。急所というのはスターリンの腹です。ですからスターリンの思想を切り替えるよりほかにないのです。各国が「平和運動」とやるほうが、かえってスターリンはほくそえんでます。なるたけ世界で平和運動がさかんになるほうが共産主義には有利です。平和運動をしてアジアが平和になると、アジアを侵略するのに都合が良くなります。だから仏教徒大会が平和運動をやっているのは、共産主義擁護運動ということになります。見方がはなはだ浅いのです。この間もフランス人にユネスコを奨められましたが、ユネスコを鉄のカーテン以外にやるのは非常に結構だが、中をやらなかったらいつぶち壊されるか分からない。むしろスターリンをユネスコに入れることよりほかに世界平和はできない、難しい、と言ったのです。そういうことができますかと言うから、私はできると言った。メシヤ教の信者になれば良いのです。スターリンがメシヤ教信者になるかもしれません。それは神様がやるのですから、神様はスターリンくらいちょっとひねってしまいます。それから、ソ連が順調にいっているから、スターリンも鼻をおやかして良い気持ちになってますが、一度逆になって手も足も出なくなると、いかに剛腹な彼でも、なにかにすがらなければなりません。そのときにメシヤ教の本でも読めば、ははあこれだなとなるかもしれません。そういうようなことは以前に型が出てました。そうならなければ没落です。夜逃げ同様にするか、さもなければ病気で死ぬか、共産党が没落するか、その三つのうちのどれか一つです。

 いまどの宗教でも病院をこしらえてますが、それについて書いてみたのです。

(御論文「宗教と病院」朗読)〔「著述篇」第一〇巻六七六―六八二頁〕

 この間京都に行くときに、名古屋で「東方の光」ということについてちょっと話したのですが、それを書いてみたのです。これはたいへん参考になることです。

(御論文「東方の光」朗読)〔「著述篇」第一〇巻六八二―六八五頁〕

 このことは一番肝腎なことでして、これについてはいろんな神秘があります。乾坤山日本寺ですが、日本寺に行った人は分かりますが、山の上に石仏がたくさんあります。達磨<だるま>、観音、釈迦、阿弥陀、釈迦の十大弟子から羅漢と、それは仏教に関係した仏様は全部網羅してあります。それで入口には、お釈迦さんが行がした娑羅双樹……樹下石上といって、石の上で行をされた。それであそこは日本における仏界の型なのです。あそこに開けるのです。乾坤山というこれもおもしろいのです。乾坤山日本寺という名前が、ちゃんとそれを現わしている。それで日蓮上人は、最初すぐ前の山の清澄山で「妙法蓮華経」を唱えたということは、いま読んだ通り「東方の光」の一番先駆けだったのです。そうして日本寺は房州の保田<ほた>という所ですが、「ホタ」というのは「ホト」というのが転化したものです。「ホト」というのは女の陰部になる。これは神代の言葉で、『古事記』にあります。なんとか姫というのが機<はた>を織っていたら、天から槍のような物が落ちて、女の「ホト」にあたった。そういうことがありますから、日本寺がそれになるわけです。そこで房州というのは閨房<けいぼう>ということです。それで日本は龍の形なのです。それで東京湾が女の陰部になり、富士山は臍になって、伊豆半島が男の道具になるのです。そういうふうになるので、どうしても東京から生まれるのが本当なのです。つまり東京が子宮になるわけです。ですからいま読んだ、橋場という所で私が生まれたのはそういうわけです。そうして日本の地勢を研究してみると、なかなかおもしろいのです。ちょうど九州を呑んでいる形なのです。それで瀬戸内海は口になるわけです。それで鼻が出雲になる。出雲は素盞鳴尊が朝鮮から渡ってきて、あそこで日本を統治したのです。そこで人間でも鼻は素盞鳴尊になるのです。それで目は、左が天照大御神、右が月読尊<つきよみのみこと>、日月<じつげつ>になります。それで鼻というのは、始めるとか、とんがった先のこと、岬などを「ハナ」と言いますが、そういうようなもので、これが舟の舳<へさき>にもなるのです。それで私は箱根の神山荘に最初行ったときに、洋間が舟の形になって、応接間が舟の舳なるのです。それであれが鼻になるのです。神様はうまくこしらえてあるなと思ったのです。ですからここ(咲見町仮本部)もそうなってます。こうなって舟の形です。そこ(ベランダ)が鼻になるのです。そこで大本教の綾部という所は目になるわけです。ですからあれは非常に重大な所で、いまにあそこに経綸が始まりますが、神秘ですからまだ言うわけにはいきません。そういうわけで九州を呑もうとしている形です。それで九州というのは大事な所でして、あれが一つの地球の型のようになっているのです。日本では九州、支那では満州ですが、これは非常に神秘があるのです。これはだんだん分かってきますが、そうして太平洋は腹になっているわけです。日本海のほうは背中なのです。それから越後あたりが腰になる。それであれは「コシの国」と言うのです。それでどういうわけで龍の形になったかというと、これは大本教のお筆先にありますが「国常立尊<くにとこたちのみこと>が龍神になって働いた時が、日本と同じ龍の形」ということがありますが、これはそれには違いありません。そうして尾が北海道から樺太のほうに繋がっているのです。それでソ連が樺太を取ったということは、尾をちょっとつまんだ、取ったのです。しかしいまに放さなければならないのです。そんなわけで、房州から日が出たのです。それは六月一五日で、一六日に帰ってくると、これは私の本に書いてありますが、下駄屋の小池という男に神秘なことがあった。それから三日目に、その時分のちょっと有名な彫物師で森鳳声というのが私の所に来て「自分は非常に尊いお方の彫物をしたくてしきりに心が動く、いったいそういう物をやって良いでしょうか」「それはどういう物か」と言うと「天照大御神です」「それは良い」「どのくらいの丈に」「それは五尺六寸七分」「それだけの木がなかったら」と言うから「下を岩かなにかにして、それでも良い」と。それから彫り出した。この人も大本教信者だったのです。それでできてから、ぜひ大本教に献納したいと言うので、それは結構だと。それで和田掘に東京の別院で紫雲郷別院というのがあって、そこに出口先生がときどきみえるので、そこに献納して白布で巻いて疵がつかないようにしてあった。そのときに神秘なことがあった。そこに瀬戸物の等身大の観音さんが飾ってあったが、ちょうど天照大御神を上げるちょっと前でしたが、一晩経って明くる朝見ると、首が取れたのです。私はこれはずいぷん不吉なことだと思った。なにかあると思った。というのは、出口先生はその時分に観音だというようなつもりでいたのです。それで首が取れたということは、あんまり良いことではないということが気になってましたが、それから少し経って天照大御神の木像を大本教の本部のある亀岡に運んで、あそこに飾ったのです。私はそれは見ませんが、飾ったのです。それが昭和六年の暮れか七年の春です。それから昭和一〇年一二月に大本教事件が起って、出口先生がああいった牢屋に入って非常な苦しみをされた。七年間入られたのです。そのとき、これは私だけしか知らないが、天照大御神は日の神様で、出口先生は月の神様です。これはまったく月の神様です。間違いない。それでやっぱり日が出たので月が消えるという、霊的に見るとそういうことだと知りました。そういう神秘なことがあったのです。そんなわけで、この御神業というものは、非常に重大な神秘なことなのです。

「昭和二十八年十一月六日」 昭和28年11月06日