教集25 昭和二十八年八月二十七日(1)

 ロサンゼルスに行った樋口さんからの手紙が来ましたから読ませます。

 (「米国通信」(六)朗読)

 いま読んだとおり、これでアメリカの救いの第一歩を印したわけです。ちょうど赤ん坊が生まれたようなわけで、これからだんだん育ってゆくわけなのです。なにしろなかなか神様は急がれてますから、割合に早く発展するだろうと思ってます。ハワイなどはあのとおりなのですから。この間も三〇人ばかりハワイの観光団が来ましたが、その中に信者が三人いて、今度支部長になる人もいました。その人が三〇人を引き連れてきて、美術館などを見たりしましたが、これがまた、観光団の人たちが帰って大いに話をするでしょうから、いままでにハワイに行った踊る宗教とか、そういったヒョロヒョロしたものではない、しっかりしたものだということが、あっちの人にも大いに分かるだろうと思います。それで今度ハワイにあっちの本部ができましたが、これはそうとう立派な家で、とても安く買えることになったのです。それも神様が前から用意されたものに違いありませんが、とにかく五万ドルというのですから一八〇〇万円ですが、たいへん安いのだそうです。家もなかなか良い家だそうです。勿論洋館ですが、詳しいことはまだ分かりませんが、人間もそうとうはいれるようです。いままでハワイに行った新宗教などはじきに帰ってしまって、試しに行っているようなもので腰をすえないから、土地の人も新宗教というと馬鹿にして、あれもじきに帰ってしまうのではないかという目をもって見てますから、そこにいって救世教がじっくりと腰をすえると、これは本当だと思うでしょう。いま言った観光団の信者の人の話では、もう信者が七五〇人くらいできているそうです。本当に始めたのは三月ですから、まだ半年にならないくらいなので、とにかくなにもないところから、それだけできたわけですから実に早いです。ですからこの分で行きますと、増え方が鼠算で行きますから、たいへんだろうと思ってます。それでアメリカのほうは、またいまにものすごいことになると思ってます。そういうわけで、だんだんおもしろくなってきました。

 『救世教奇蹟集』の本ですが、これはすばらしい本のつもりです。来月出版になります。そうとう認めるだろうと思ってます。なにしろ『アメリカを救う』なども割合に売れましたが、あれが売れたために、あれに似たような本を出してます。私は新聞広告で三つほど見ました。あなた方も見たでしょうが、売れたものは、あとそのまねをするのは、なんでもそうですが、本などもやはりその行き方です。この『奇蹟集』の本は、いままでのお蔭話にある奇蹟の中からもっとも顕著なものを選<よ>ってますが、私などもいま見て驚くぐらいです。そういうようなわけで、そうとうの効果があると思います。

 それからその次には、来年の春あたりになると思いますが『医学革命の書』というのを出しますが、これは私は心血をそそいで書いてます。これは将来はバイブルのようなものになるつもりです。いままでその「序文」を読んだことがありますが、どうも気に入らなくて、最近できたのはだいたいこれならよいと思うのが書けましたから、それを読ませます。

 (御論文『医学革命の書』「序文」朗読)〔「著述篇」第一一巻一七八ー一八一頁〕

 この次のは「現代医学論」です。それでだいたい分かるわけですが、それはこの次に読ませます。ちょっとおもしろい論文を読ませます。

 (御論文「硝子製造人」朗読)〔「著述篇」第一一巻六八九ー六九一頁〕

 これはこの前書いた「神と硝子玉」という論文の続きみたいなものです。これはやっぱり『医学革命の書』の中に入れるつもりですが、とにかくできるだけあらゆる面からまた角度から批判して、これでもかこれでもかというように、いろんな例をあげたりして、分かるようにするのですから、おそらくこれを読んだら分からない人はないだろうと思います。それでいろんなお蔭話からとった一つ一つの病気にはみんな私の批判をつけて出しますから、どうしても分からないはずはないわけです。

 話は違いますが、自然農法も各地にだいぶ反響を起こして、その土地の有力者だとか、あるいは役人という連中がそうとうに研究をし始めたような話を聞きます。それで稲のほうはだいぶ顕著な報告を聞きますが、畑作のほうはあんまり聞かないのです。多少はありますが、もっとすばらしい成績が現われなければならないのです。現われないということは、これを一言で言うと堆肥迷信が大いに災いしているのです。金肥や人肥ではないが、堆肥迷信になっています。どうも肥料ということの迷信がまだ本当に取りきれないのです。だから堆肥などで騒ぐ人がやっぱりまだだいぶあります。ところが本当は堆肥もいけないのです。堆肥なしの土ばかりがよいのです。堆肥が土を邪魔するのです。前にも書いたとおり、土というものが肥料の固まりなのです。それで堆肥をやると、土の肥料がそれだけ減るのです。それを、堆肥からも肥料がとれるように逆に考えているのです。ただ堆肥というのは、固まりやすい土が固まらないようにするために混ぜるのですが、そのためにはできるだけ腐らせて、葉の繊維などがないようにしなければならないのです。それで根が伸びる場合に、柔らかければ伸びますが、ちょっとでも固いものがあったら伸びません。堆肥は固まらせないためのものですから、その必要がなければ、土が肥料なのですから、やらないほうがよいのです。そういうところが、なんでも反対になってます。それからもう一つは、土が天日で乾きますが、日当たりの良い所は土が乾きますから、土の湿気を保たせるために堆肥をやりますが、これは木の葉でもなんでも、湿気を保たせる目的でやるのですから、腐らせなくてもよいのです。果樹などは特によいです。水分を保たせるために落葉を厚くやりますが、それはよいです。堆肥というのはただそれだけのものです。それから堆肥は、大根、人参、牛蒡といった根の物には、土を温めるために、少なくとも一尺か二尺くらいの下に、木の葉がよいですが、一尺くらいの床を作るのです。そうするとそこから温かみが始終ありますから非常によいです。大根などは、どんなに太く長くなるか分かりません。それからもう一つは、私は芋が好きで、薩摩芋を毎日食べるのですが、実におかしいのは細長い薩摩芋があるのです。これが無肥ですと太って丸い薩摩芋ができるのです。前に私が宝山荘で試験したときに、太って丸いのです。それである人が薩摩芋が欲しいと言うので一つやりましたが、なにしろふつうの五、六本分の量があります。それは金時ですが実にうまいのです。このごろは金時は作らないようですが、まるで金時のように白く粉をふいたようになってますが、ほとんど農林一号です。それでうまそうに見えるが、食べてみるとそうでもありません。味が悪いのです。最近は金時はだんだん止<や>めてきたようです。ところが芋の作り方が違うのです。無論肥毒があるのです。その肥毒を消すために窒素肥料をやりますが、これがたいへん悪いのです。それで薩摩芋はできるだけ高畝<たかうね>にして、横から日が当たるようにするとよいです。それからよく蔓<つる>を切ったり裏返したりしますが、そういうことは決してしなくてもよいのです。そうしてどこまでも自然にするのです。それから間<あいだ>も詰めなくて、開けておいてよいのです。一番肝腎なのは高畝にして日を横から当てることです。そうしたらウンと大きな物ができます。金時でも立派に採算がとれます。私は金時ばかり作りましたが、いま言ったように大きなのができました。それから薩摩芋は特に肥毒を嫌うのです。それから土の固まるのを嫌います。ですからいくらか砂気があるほうがよいです。そこで薩摩芋は海岸が割によくできるのです。そういうような具合で、いま言ったようにして金時を作って試験してみることです。きっと良いです。お蔭話にありますが、堆肥を一反分何貫目入れたとか、何畝<せ>に何貫とかいって、たいへんなことです。いかに堆肥を重要視しているかということが分かります。ですから今後はできるだけ堆肥も使わないようにして、土ばかりにするようにすることで、そうするとまたよくできます。これは去年の佐渡では、堆肥もやらないほうがよくできたと報告がありましたが、そのほうが理屈に合っているのです。なにしろ人間は間違ったいろんな習慣のために、それがこびりついてしまって、どうも切り替えなどもはっきりしないのです。これは農業ばかりでなく、薬などはそのもっともの親玉です。そういうようなわけですから、いまの人間の頭というものを、つまり作り直すようなものです。

 それから最近あったことですが、私の写真を二人で(二人とも資格者ですが)いただいたのですが、帰るとき違えて持って帰ったのです。すなわちAの人に上げたのと、Bの人がいただいたのが、あべこべになってしまったのです。これがふつうの写真ならなんでもありませんが、ところが神様のほうは、その人に上げたら、その人の護<まも>り神になりますから、他の人に行くと駄目なのです。ところがいっぽうの人の写真に折目のような皺<しわ>ができたのです。それを私の所に持ってきて、こういうふうになったけれども、どうしたらよいでしょうと言うから、そんなことはない、よほど間違ったことがあるというので調べさせたら、いま言ったことが分かったのです。それは神様が、それは注意しなければいかんというおしめしです。それでその皺は神様がつけたわけです。それで今度、いっぽうを新しくチャンとやり直すようにしました。

 また最近こういう人がありました。その主人公はそうとう古い信者で、神様のお手伝いなどもときどきするようですが、大酒が止<や>まないのです。それでこの間大酒を飲んで、とんでもない間違いをしそうになったが、それは神様がうまく止められました。しかしそれはおかしい、そういうはずはないからと、よく調べてみると、あまりに小さな家のくせに「大光明如来様」をお祀りしてあったのです。このことがまたたいへんにあるのです。支部なら勿論結構ですが、家があんまり小さいとか、座敷の小さいとか、床の小さいのに、大光明如来様は相応しないのです。それからその信者の資格の上下があります。その代わり立派な家で、大きな座敷でなら、大光明如来様も結構です。ですからすべて相応しなければいけません。食い違えば、どこかに故障が起こるというわけです。前にも、平塚のほうの百姓で、以前に観音様の絵を画いた時分に、横向きのならよいですが、正面向きの「光明如来様」と言っていた正面向きの大きさなのに、非常な雨染みができて、それがちょっとくらいのものではないので、どうしたらよいかというので、調べてみたところが、百姓屋のはなはだお粗末な所に、いま言った光明如来様をお祀りしてあるのです。それで、もっと小さいのにしたらよいと、そういうように改めたことがあります。ですからただ立派なものならよいというだけでは駄目なので、相応しなければいけないのです。人間はよく間違えるので、ただ立派ならよいと思うのです。やっぱり昔から言う「相応」とか「程々」という、そういうことに外れてはいけないのです。人間万事相応の理です。この相応ということは、つまり理屈に合うことです。いつも言うとおり、理屈に外れてはいけないということは、相応しなければ、やはり理屈に外れるわけです。それからまた理屈に外れると無理をするということになります。だからよく昔から「ぶるな。らしくせよ」という言葉がありますが、先生ぶってはいけない、先生らしくしろということです。信仰を鼻の先にぶら下げて……これは救世教信者にはありませんが、他の信仰に見られますが……信者ぶるのです。そういうようで、「らしくする」ということは「相応する」ということですから、ちょうどよいということです。そうすると万事うまくゆくわけです。順調に進んでゆきます。ですから私がやっていることは、別にそう急ぎはしないので、ゆっくりやっていて結果が早いのです。それは後戻りがないからです。ふつうは急いでも後戻りをするのが多いのです。ですから遅くても確実にというわけです。これはイギリスの格言にありますが、「遅くても確実に」ということがあります。これはイギリスが世界一になった第一でしょう。私は昔からイギリスの「コモンセンス」と「遅くても確実に」という格言を非常に尊んでいましたが、いまでも非常によいです。ところがいまのイギリスは「遅いために不確実」ということになってますが、これは医学のために国民の健康が弱ったことによるのですが、それはいまの話とはぜんぜん別です。そこをよく考えて、智慧証覚を働かしてよく考えて、そうするようにしてすべてをやってゆくのです。そうすると、あせらずゆっくりしながら、ドンドンうまくスムーズに運んでゆくわけです。

「『御教え集』二十五号、岡田茂吉全集講話篇第十一巻p56」 昭和28年08月27日