教集23 昭和二十八年七月五日(2)

 この前にも「結核を治すには肩をやるのが一番だ」ということを言いましたが、これは結核ばかりではなく、心臓病なども必ず左の肩が凝ってます。ですから心臓病はやっぱり肩の病です。この肩の固まりが少しずつ溶けて下に垂れて行って心臓の付近に固まって圧迫するのです。ですから心臓病は肩を主に浄霊すればよいのです。それから胃病の人は必ず肩が張ってますから、それを浄霊すると必ず食欲が増すということはそういうわけなのです。ただ肩に関係のないのは中風だけです。これはむしろ肩の柔らかい人が多いのです。というのは肩の柔らかい人は健康ですが、中風というのは健康な人ほど起るのです。弱っている人には起らないものです。結核で痩せた人というのは決して中風は起るものではないので、中風というのは、かっぷくのよい脂ぎった血色のよい人に起るものです。その代わり中風の人は頸のまわりに必ず固まりがあります。それは右か左です。それから後頭部ですが、これも右か左にあります。つまり毒素が下に行くべきが、上に行ってそこに固まってしまうのです。これはその人の職業的の体の使い方によってそこに固まるのです。そうしてこれが急に溶けてきて頭の中にはいるのが脳溢血です。そうして右が凝っている人は左の手足がブラブラになるのです。中風だけは肩でなく、いま言う頸の固まりです。そういう人はごく少ないので、一番多いのは結核、肺、心臓病、胃腸、それからいまはやっている赤痢です。赤痢はいつも言うとおり後頭部の毒血が溶けて肛門から出るというものです。ですからたいていな病人は、まず一番最初首を下げさせて頭の中心を浄霊するのがよいです。この奥のほうです。ここが人間の一番の中心ですから、この真ん中が体全体に影響するのです。ここを浄めて、それから肩ですが、肩は前からそこを狙ってやり、それから後ろからそこを狙ってやるのです。それから着物の上からでもちょっと触って、ごく凝っている人は肩の上からやるのです。そうして肩を柔らかくすると頸のまわりの固まりもずっと溶けますし、また溶かしよくなります。それから手足の具合の悪いのもやっぱり肩です。ですから足が具合が悪いという人は、肩をやると足の具合がよくなってしまいます。それから頭は、前頭部と後頭部とは違うのです。後頭部は赤痢か痔で毒素が出る順序ですが、ここで心得ておかなければならないことは、肩をやりますと胸が悪くなることがあります。胸がむかつくとか軽い嘔吐感があります。これは溶けたのが胃に集まってくるのです。そこで今度はそこを浄霊するのです。浄霊しなくても下がりますが、そうするとお腹が痛くなります。ですから肩とか頸をやりますが、それが溶けると胸がむかつくことと、その次にお腹が痛くなることがあります。それを知っておかなければなりません。頸が悪いというのにお腹が痛いというのはどういうわけか、ということを聞かれるが、それは溶けたものがお腹に下がって下痢になって出るのです。男のほうはそうですが、婦人のほうは下痢でなく前のほうから出ることがあります。コシケとか、あとは皮膚の粘膜から出るのです。その場合にはピリピリするとか痒いという感じがあります。男は下痢いっぽうです。そういうように心得ているとだいたい間違いなくゆくわけです。それがふつうですが、人によると腰に溜まる場合があります。これは腎臓ですが、薬毒は最初腎臓に集まって、腎臓が薬毒を処理する所です。ところがわずかしか出ないで、それが肩に行って固まるのです。それで肩に行って固まるときと、それが腰に行って固まることがあります。それはその人の職業によるので、手を使ったり根をつめたりすると肩に固まるのです。それから農業をする人は非常に腰を屈折したり、坐る仕事でも腰に力を入れる人は腰に集まります。そうして腰に集まったものが少しずつ溶けて足に流れて行き、そこで足が悪くなるというわけです。脚気というのはそういうわけです。それからよく足が吊るとか、痺れるとか、だるいとか、膝がガクガクするとか、すべて足に関係したのは、いったん腰に集まったものが足に流れて行くのです。ですから足に関係したのは、まず腰の中心、尾骸骨を狙って背面から浄霊するのです。そうすると足をやらなくても足がずっと軽くなります。それからこのことが息切れに関係するのです。というのは腰から足が悪い人は、歩いたり坂でも上ると非常に骨が折れるのです。軽くゆかないのです。その軽くゆかないのが息切れになるのです。とにかく心臓を大いに骨折るために、その力が心臓に影響するわけです。そのために息切れがするのです。この息切れということは肺ですが、肺の呼吸が頻繁になることです。というのは心臓は火で肺は水ですから、心臓が骨が折れると、心臓の火、熱が、肺を活動させる力が薄くなるので、肺の活動が悪くなるのです。そういう理屈になります。こういうこともお医者のほうではぜんぜん分かりません。ただ部分部分で研究の結果を発表するにすぎないのですから、実に幼稚なものです。いま話をしたのはごく大づかみのだいたいのことですが、それが分かっていれば、他のことはそれによって解釈すれば、元が分かるから浄霊の場合でも非常にやりよいわけです。