茶器について
【 谷川氏 】 箱根美術館は今度は茶のほうはなかったですが、茶碗もいろいろ拝見したいですね。
【 明主様 】 茶道具だけはいじらなければ承知できませんからね。
【 谷川氏 】 それに美術館のような明るい所では駄目ですね。特に井戸茶碗などは茶室の薄暗い所でなければ駄目ですね。
それについておもしろい話があります。去年光悦の不二山が博物館に出ましたが、それを触らなければ承知できないので、館長さんの所に行って触らしてくれと言ったところが、酒井さんから固く言われているから駄目だと言うのです。しかしこれをしまうときにはだれかがしまわなければならないから、ということで、それまで待って行ったのです。そうしたら、私と同じように断られた人たちがコッソリと来ているのです。そのときに引っ繰り返して見ました。それから白鶴美術館で、六、七年前に展観があったときに、鴻池《こうのいけ》家の光悦の毘沙門堂《びしやもんどう》の茶碗があって、どうしても触らなければならないというので、午前中に行ったが、みんながいるうちは駄目だから帰ってからと言うので、三、四時間待って触らしてもらったのです。どうしてもそうなりますね。
【 奥様 】 そして最後にはちょっと口につけなけれはなりませんね。
【 明主様 】 触る楽しみですね。私は不二を狙ったが、どうしても駄目です。
【 谷川氏 】 私はそういう茶碗では、不二と雨雲《あまぐも》です。
【 明主様 】 良いですね。私は紙屋《かみや》も好きですね。長次郎ではなんですか。
【 谷川氏 】 大黒《おおぐろ》です。三、四年前に茶道の大展覧会があったときに出てまして、やっぱりいじらなければ承知できないので、朝早く博物館に行って夕方まで待ったことがあります。あれは何気ない茶碗でいて、実になんとも言えないものです。天衣無縫ですね。
【 明主様 】 それが本当ですね。
【 谷川氏 】 これは不二に匹敵する物ですね。ある意味ではそれ以上とも思います。あれくらい品格のある茶碗はありませんね。雨雲は親しみやすいですね。そこにいくと大黒は品格も高いし不二みたいにおさまりかえってないから、それはなんとも言えませんね。
【 明主様 】 つまりイヤ味がないのです。垢抜けてます。
【 谷川氏 】 そうです。井戸茶碗の良さも結局それですね。なんの細工もない、おおらかな素直さですね。
【 明主様 】 そうですね。去年の「あやめ」の茶碗はずいぶんほめられますね。
【 谷川氏 】 あれも良い茶碗ですね。
【 明主様 】 雁取《がんとり》はどうですか。
【 谷川氏 】 私は実物を見ていませんのでよく分かりませんが、少しクズがありますね。
【 明主様 】 これはご存じですか。
【 谷川氏 】 いま拝見します。光悦風ですね……。これは膳所光悦《ぜぜこうえつ》ですか。
【 明主様 】 そうです。
【 谷川氏 】 私は写真だけで実物は見ていませんでしたが。
【 明主様 】 名器鑑《めいきかん》に出ているほうが悪いのです。
【 谷川氏 】 それは有名な話ですね。膳所光悦というのは、光悦の中ではぜんぜんかわっているとは聞いておりましたがね。この口作りがなんとも言えませんね。高台もなんとも言えないが、この口作りは良いですね。複雑なものですね。形もよいですね。乙御前《おとごぜ》という有名な茶碗がありますが、その高台は実に良い物ですが、口作りが少しヘナヘナでした。口作りはこのほうが良いです。そうです、これの箱を拝見したいですが。膳所光悦でお茶をいただくとは思いませんでしたね。これは遠州の箱ですね。
【 奥様 】 「ふ」がはいっている所は、宗達のチンコロのような感じですね。
【 谷川氏 】 ちょっとそういうような感じがありますね。この茶碗はずいぶん使ってますね。茶碗というのは高台を見れば分かります。この高台が減っているのは、畳ずれです。上のほうだけ見ていると非常に新しいものに見えますが、高台を見ると古い茶碗ということが分かります。これがすり減っているのは、畳ずれ手ずれとでもいうものですね。
この高台は実に良いですね。そして上のほうにムックリと自然にプッとふくらんでいる点が実に良いですね。そして実に素直になって、口作りに来てなんとも言えない複雑なものを画いてます。そして実に自然に変化があります。それがわざとらしくありません。
【 明主様 】 やっぱり名人芸ですね。井戸茶碗ではなんですか。
【 谷川氏 】 やっぱり喜左衛門井戸ですね。それから毘沙門堂です。
【 明主様 】 筒井筒《つついづつ》はどうですか。
【 谷川氏 】 あれほどにひどく割れているので、それを気にする人がありますが、その姿の美しさは第一等ですね。きれいな点から言うと、細川井戸、有楽井戸ですが、力のある点から言うと、やっぱり喜左衛門です。ただ喜左衛門は筒井筒みたいに割れていませんから、きつすぎるのです。ちょっと気味が悪いと言う人があるかもしれませんが、私はそうまで感じません。それからおもしろいのは、筒井筒はいまから三〇年ほど前に京都の博物館に長い間出ていたのです。そのときはいかにもホコリっぽくなってました。ところがこの間嵯峨《さが》さんに招《よ》ばれて行って見ましたらずっと美しくなってました。それは使っているからですね。茶碗というのは使ってないと死んでしまうのです。これは硯《すずり》でもそうです。端溪《たんけい》の硯でも、長い間使ってないと死んでしまうそうです。支那などでは、そうなった硯は毎日水をつけてすり、水をつけてすりしていると、三年くらいやると、生き返ってくるそうです。それでいまの井戸などの美しさというのも、長年使ってきた味がこもっているのでしょうね。
【 明主様 】 この膳所光悦もそうでしょうね。
【 谷川氏 】 人間的の美しさというものが出てますね。
【 明主様 】 まったく微妙なものですね。
【 奥様 】 お茶をのむために作ったのですから、それを使わなければ死ぬわけですね。
【 谷川氏 】 そうです。持たれることによって茶碗白身にあるものが引き出されるのです。こういう焼物というのは世界に類がありませんね。それは支那の焼物も世界に類がありませんが、ただ支那にも楽《らく》のようなのはありませんね。これは日本の天才ですね。
【 明主様 】 そうですね。この間見ましたが、日本にお茶を持ってきた支那の坊さんの物でなんとか言う名前でしたが。
【 谷川氏 】 青磁ですか。天目ですか。
【 明主様 】 そうではないのです。ふつうの薄手の茶碗で支那陶器で言えば越州窯《えつしゆうよう》というような、少しネズミを持った物です。それから、珠光青磁《じゆこうせいじ》というような色です。
【 谷川氏 】 それでは栄西禅師ではありませんか。
【 明主様 】 そうです。それを見ましたが、なかなか良い味がありました。
【 谷川氏 】 栄西禅師が持ってきて、明恵《みようけい》、明恵《みようえ》といろいろ言いますが、その人が伝えたのですね。
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■■明主様と谷川徹三氏との御対談（完）■■
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『栄光』二百十四号、19530624、岡田茂吉全集講話篇第十一巻p424～
19530426、哲学者、法政大学教授谷川徹三氏ほかと碧雲荘にて
説明：
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【 谷川氏 】 この前もありましたが、第五室のはいるとすぐ右手にあった越州窯が鷄頭壺は良い物ですね。今年も去年と同じ所に出てましたが、越州窯では天下の名品ですね。いつ見ても良いです。
【 明主様 】 それに大きいですから良いですね。
【 谷川氏 】 大きくて強くて実に堂々たる物です。
【 明主様 】 あれの小さいのはアメリカにもありますがね。
【 谷川氏 】 それから郊壇窯《こうだんよう》というのは、どこの物どこの物と分かってますからね。いくども問題にした物です。郊壇窯では岩崎さんの香炉、横河さんの鉢ですね。
【 明主様 】 そうでしょうね。
【 谷川氏 】南宋哥窯《なんそうかよう》の研究ができたのは近ごろですから、郊壇窯の研究はまだだったのです。そういえば今度新しく出た袴腰の哥窯は良いですね。私は岩崎さんの香炉は見ていませんが、色刷りの写真によると、色は私が以前に見たのに非常によく似てます。岩崎さんのを一度手にとって見たいと思っているのです。
【 奥様 】 やはり天下の名器となりますとね。
【 谷川氏 】 そうですね。しかし横河コレクションと言ってずいぶんたくさんありますが、天下の名器となると、そうよけいにはありませんね。
【 明主様 】 そういう意味では、あるのは白鶴ではありませんか。
【 谷川氏 】 私は具体的に並べて見たことはありませんが、あるいはそうかもしれませんね。
【 明主様 】 そうでしょうね。私は、あそこにどうしても欲しいという物が二、三点あるのですが、なかなかウンと言いません。
【 谷川氏 】 それで良い物は黒いですね。
【 奥様 】 やっぱり名工が焼くのでしょうね。
【 谷川氏 】 それは官窯ですからね。
【 明主様 】 王様に気に入られようと思って心血をそそぐのでしょうね。
【 谷川氏 】 いま郊壇窯として知られているのは、不孤斎《ふこさい》の琮《そう》と岩崎の物と横河コレクションの物ですね。
【 明主様 】 琮というのはなんですか。
【 谷川氏 】 日本でよく算木手《さんぎて》というあれです。
【 明主様 】 算木手のあれは良い物ですね。
【 谷川氏 】 昔は日本に砧青磁《きぬたせいじ》つまり龍泉窯《りゆうせんよう》はたくさん来ましたが、それで不孤斎が寄付した琮というのは砧青磁よりもっと貴重な物だということが分からなかったのです。伊達家にありましたが、伊達家では水指に使っていたそうです。シャーマン・リーという向うとの連絡で来ていた人が不孤斎が寄付した琮を見て、この人は気に入った物を見ると舌打ちをする癖がありますが、舌打ちをして、デイビッドのコレクションにもあるが、それよりずっと良い。これならニューヨークに持って行ったら四万ドルでも、五万ドルでも、好きな値をつけられると言ってました。
【 明主様 】 デイビッドには非常に大きなヒビ手がありますが、あれはなんですか。
【 谷川氏 】 最初の秦《しん》の帝室の宝物だった物がだいぶありますが、そういう物については多少問題があるのです。ですからあそこには南宋哥窯としてある物の種類がたくさんあります。黄色っぽいのがずいぶんいろいろとありますね。
【 明主様 】 しかし青磁というものは難しいものではないですか。
【 谷川氏 】 難しいですね。私も約三〇年くらい焼物をいじってますが、青磁の本当のおもしろさが分かったのは五、六年前からです。難しいからなかなか分かりませんね。
【 明主様 】 私も青磁が好きですが、後から後から疑問が出てきます。
【 谷川氏 】 しかしいまからしてみますと、支那人が一番珍重しただけあって、やっぱり焼物の頂点ですね。
【 明主様 】 そうです。品格がありますね。美術館に出ている鉢はずいぶんほめられますよ。
【 谷川氏 】 修内司窯《しゆうないじよう》のですね。あれは良いです。
【 明主様 】 去年あった袴腰の青磁も良い物でしょう。
【 谷川氏 】 良い物でした。昔砧と言っていた中から、だんだん研究して修内司窯と選《よ》り分けるようになったのですが、少し白っぽくて実に品格の高い物です。
【 明主様 】 そうですね。細工も、形とか、薄手のキッチリとした所とか、実に良いですね。
【 谷川氏 】 そうですね。
【 明主様 】 この間名古屋に行ったときに鳳凰耳花生のを見せてもらったが、色は良いですが、細工が悪いです。要するにゲテ物作りです。それに片方の耳が取れて、新しくこしらえた物のようでした。
【 谷川氏 】 私は手にとって見たことはありませんが、しかしあれは堂々たる物ですね。
【 明主様 】 そうです。見映えがあります。
【 奥様 】 白鶴の浮牡丹もなかなか良いですね。
【 谷川氏 】 しかし私はそういうゴテゴテした物より、無文のほうが良いです。
【 明主様 】 しかし白鶴の浮牡丹は良かったです。これはちょっと違っていて、非常に強いのです。
【 谷川氏 】 そうですか。私ははっきりと記憶にありませんのですが、ふつう言っているのはゴテゴテしてますからね。
【 明主様 】 そうです。ゴテゴテしてます。しかし白鶴のは非常に鋭いのです。その力強さがなんとも言えません。白鶴の磁州《じしゆう》の龍のはどうですか。
【 谷川氏 】 あれは良いですね。アメリカに行っても幅がきいたらしいです。私は長い間写真で見て、たいした物ではないと思っていたのですが、実物を二つ並べて見ると龍のほうが上です。龍のほうが男性で、細川さんのは女性です。力強さからいっても違いますね。
【 奥様 】 三彩の鷄頭壺も良いですね。
【 明主様 】 良いね。三彩では日本一でしょう。
【 谷川氏 】 しかし三彩の鷄頭壺とかいろんな物があっても、私は箱根美術館にある越州窯のが第一等だと思います。あの力はたいへんなものです。
【 明主様 】 そうです。それにサビの具合から、古さからいっても良いです。
玉器、銅器について
【 谷川氏 】 玉器《ぎよくざ》はまだお買いになりませんね。私はいま玉器に興味を持っていますが、玉器や銅器になると、漢以前でなければ弱くて駄目です。三国、漢の物を、殷《いん》や周《しゆう》の中に入れて見ていると、だんだんいやになります。焼物ですと漢のは強くて良いのですが、玉器とか銅器というのは漢までの物で、漢以後の物はまるで駄目です。銅器は戦国時代にもありましたが、漢以後の物は弱くなります。
【 明主様 】 まったく銅器となると、漢以後は駄目ですね。私は、不思議に思うのは、周代に周銅などとあれほどの物ができたということです。
【 谷川氏 】 その前の殷、商《しよう》でもそうです。殷の物でも立派なものですね。
【 明主様 】 立派ですね。ですから陶器でも、ほとんど銅器を写してますね。殷から周時代の文化というのは、たいへんなものですね。
【 谷川氏 】 このことは私どもも一番興味のあることです。結局銅器は、古代の宗教に結びついた祭器ですから、漢以後になると仏教がはいってますからね。ですから支那は、仏教がはいってからと、その前と区別します。仏教は北魂《ほくぎ》のときにさかんになったのです。
【 明主様 】 ですから魂には仏像の良いのがあるのですね。
【 谷川氏 】 日本の飛鳥ですね。そうして奈良朝はだいたい唐《とう》ですね。日本でも飛鳥の物というと強いですからね。
仏像について
【 明主様 】 仏教美術のほうはどうですか。
【 谷川氏 】 私はなんでも好きです。今度お買いになられた三体の金銅仏では、小泉さんのでない後の二つのほうが良いですね。私が見たときには白鳳《はくほう》としてあるが、飛鳥のほうが美しいと思いました。飛鳥のほうが野蛮な顔をしてますが、良い物と思いました。肩から背中から、力があって良い物ですね。小泉三申の仏はだいぶ劣りますね。それから五重の四十八体仏《しじゆうはつたいぶつ》の中に、ああいう野蛮な顔をしているのがありますね。
【 明主様 】 四十八体仏の中ではどれが良いですか。
【 谷川氏 】 図録を見ないと宙《そら》では言えませんが、しかしそれぞれに良いですね。初めは妙に線のつまった物や、野蛮なのは、いやだと思いましたが、やはりそれぞれに良いですね。金銅仏とは言いますが、あの中に木彫のが一体はいっているそうです。
【 明主様 】 金銅仏は推古と白鳳とはまるで違いますね。
【 谷川氏 】 しかしずいぶん多方面にいろいろお持ちですからたいへんですね。私も、一つの物しか蒐めないというのは蒐集の邪道だと思います。なんでも相通ずるものがあると思います。
【 明主様 】 そうです。
【 谷川氏 】 私は今日は風邪を引いたかして、汽車の中でも憂鬱だったのですが、美術品を見ていると疲れません。
【 明主様 】 私も、いろいろ用事はありますが、こういう時間だけは特別です。
【 谷川氏 】 私もそうです。他に用事があったりしますが、骨董屋に行くときだけは別です。いろいろ見せていただき
ましてありがとうございました。いま美術館に陳列してある物で、ゆっくり見たい物もありますから、またお伺いします。
【 一同 】 どうも長い間ありがとうございました。