教集21 昭和二十八年四月八日(2)

▽前節から続く▽

 そういうようで、次に救いと言いましても、まだキリスト教もありますが、順序としては、まず日本から救わなければならないのです。最初日本から救うとしたら仏教です。あとは神道ですが、神道はたいしたことはないのです。勢力はありませんから、これはついでにと言っては変ですが、しかるべくちゃんと救うことは決まっているのです。まず仏教を救い、キリスト教を救わなければならないのです。キリスト教を救うとすればアメリカが一番良いです。アメリカが救われればヨーロッパのほうはずいぶん楽です。キリスト教としてはプロテスタントもありますが、それはずっと小さいのです。なんと言ってもカトリックです。ですからこのほうもいずれ救うことになります。『アメリカを救う』という本なども、アメリカを救うというのは医学上ばかりでなく、宗教上もあるのです。そこで両方というわけにはいきませんから、医学的にごく単純な、ああいう本を出したわけです。来月はロサンゼルスに支部ができることになってますが、それからあとはアメリカの各地にできる順序がつきつつありますから、これから目に見えて向こうも発展するはずです。現在のところはハワイで樋口さんが活躍していますが、おもしろいほど非常に信者ができるのです。それは日本と違って、素直といいますか、なんの疑いも持たずどんどん信者になってくるので、日本では想像もつかないように順調になってます。そして向こうは手術をさかんにして、その点日本とはまるで違うそうです。ですから私のほうの医学に対する話も非常に良く分かるそうです。

 話が非常に大きくなってしまいましたが、自然栽培はみなさん知っているとおり、この点もいま肥料迷信にかかっているのは日本ばかりではなく、世界中がそうなってます。それから政治、経済、いろいろな方面に神様はやられますが、いまのところは、ごく初めで序の口なのです。ところが今年からはその序の幕にはいるのですから、これからどんどん目に見えて発展して行きます。ですからいままではかなり押さえつけられ、手足を縛られたり目隠しをされたりして、思うように働けなかったのですが、そういうことがだんだんなくなってきて、今年からは本当に大手をふって働けるという時期になったのです。この話もいずれ話すとして、今日は京都に行く目的と仏界を救うという話をしましたが、いつも言うとおり、五、六、七の「七」が京都になります。この「七」がだんだんできあがるに従って本当の三位一体的な働きになるのです。ですから非常に力が増すわけです。そこで大いにやり良くなったことです。それからもう一つの話がありますが、神様がやることは、いかに早いかということです。私が初めて京都に行ったのは一昨年の春でしたが、いまよりちょっと遅く四月の末でしたが、そのときには、なにもそういう考えはなかったのです。ちょっと京都を見て、大きい家があって平らな広い所を見つけてもらいたいということを言ったのです。ところが広沢の池から嵯峨の野原の辺が一番適当しているので、嵯峨はたいへん良いからあそこに住まわしてくれと言ったところが、ヒョッコリと思うとおりの所があったのです。それで最初は高いことを言うので手を出せなかったが、それが割合に安くなり、売り手のほうもたいへん良い人で理解のある人です。そうしているうちに、今日行って住めるようになったのです。ですからまる二年で、なにもないような所にスルスルと運んで、行って住めるようになるという早さには実に驚いています。熱海でも経綸が早いと言って驚いていますが、だんだん時の進むに従って早さも増してきます。また早さが増すとともに大きさも増します。よほどそのつもりでいないと、まごまごしていると遅れます。バスに乗り遅れるとたいへんです。私は大丈夫ですが、あなた方が乗り遅れるとたいへんですから、乗り遅れないように、大いにフンドシを締めて、覚悟と言うとおおげさですが、覚悟してもらいたいと思います。しかしこれは戦争に行ったりするそういう危険なものではないので、世の中を良くして行くのですから安心であり、愉快なのです。そのつもりでいることです。

△御講話おわり△

「『御教え集』二十一号、岡田茂吉全集講話篇第十巻p154~155」 昭和28年04月08日