三月一五日
時局談を少し話します。とうとう吉田内閣も解散になりました。これについてちょっと変に思うのは、吉田という人は年もとっているし、そうとうに世の中の経験もある人ですが、私はよほど前からおかしいと思っていたのです。というのは、もうだいぶ前からガタついてきているのですから、とうに辞職なりして明け渡すべきなのですが、一生懸命に齧<かじ>りついているところが分かりません。肝腎な、運命と時期ということに気がつかないらしいのです。だいたい吉田という人の花の盛りは、講和のときにアメリカに出たときなのです。そのときが一番の盛りなのです。ちょうど桜の花がパッと咲いたときなのです。だからその後になってだんだん花が散っていって、もう葉ばかりになるという一つの運命ですが、そうなりつつあるのですから、寄りつけばつくほどだんだん悪くなるのです。そうして最近の「馬鹿野郎」問題では、あそこできれいに謝罪して引っ込むというのが利巧なのです。それをまだまだ齧りつこうとしているのです。だからますます醜い最後を遂げるようになるのです。それから今度の不信任案の可決となり、民同の脱退……分党という名前ですが、これはうまい名前をつけたと思うが、そこまで行ったらしようがありません。これから総選挙ということになると、自由党はずっと減ります。あるいは第二党になるかもしれません。そうしてみれば、当分内閣をつくる見込みもありません。これから野党ということになったところで、見込みのある野党ならいいが、まず吉田さんの生きているうちは難しいでしょう。そのくらいならば、もっと早いうちにきれいに引き下がったほうが将来においてもいいのです。そういうところが分かりません。ちょうど戦争の末期になって、二進<にっち>も三進<さっち>も行かなくなってから降服しましたが、こっちは庖丁かなにか変な物を持って、先方は刀を持ってきたら、斬られるに決まってますから、斬られないうちにお辞儀をするといいのです。一斬りされてからでもお辞儀するのはまだいいが、二斬り三斬りされてからお辞儀をするということが分かりません。日本の戦争のときの末期と、ヒトラー、ムッソリーニなどの運命を見ても、つくづく見通しがつかないというか、ほかの点は馬鹿にいいのですが、そういう点においては悪いのです。これは日本人は特に多いようですが、意地を張るというのが非常に悪いのです。吉田などは意地っ張りなのです。今度のことなども、解散をしなくても辞職で結構なのです。そうして結局直接の問題は「馬鹿野郎」問題です。あれからガタガタしてきたのですから、それをきれいに謝ればいいのです。「自分はたいへん間違っていた、たいへん恥ずべきことをした」と言って謝罪すればいいのを、単に取り消しですから、取り消しでは承知しません。事柄の性質によっては取り消しでも良いが、「馬鹿野郎」では、人の横っ面を張り倒したようなもので一つの暴力ですから、謝罪するのが本当です。人をぶんなぐりつけて「いまのは間違いだ」というのは間違いです。そこなのです。あの人は偉い人ですが、ちょっと変なところがあるのです。広川問題にしろ、去年の福永問題でもそうですが、きれいに引っ込んでいればいいのですが、昔のわがままの殿様とか、ヤンチャ坊主というようなところがあるのです。言い出したらきかないというところがあるのです。それも良いときはありますが、悪いときのほうが多いのです。というのは、あの人は本当の苦労をしてないからです。近ごろの政治家というので、一癖あるというような人間はまことにありません。平々凡々として後生大事に寄りついているというのです。与党のほうは寄りつき主義で、野党のほうはなんでもかんでも反対するのです。要するにドングリ連中です。一人でも頑張るというような人間はいません。これは政治家に限りません。以前の明治、大正のころは、いまでも忘れられないくらいの偉い人がおりました。というのは、あの時代の人はみんな苦労をしているからです。それはみんな牢にはいったり、貧乏したり、それこそ爆弾を投げつけられたりして、ずいぶん危ない所をくぐってきましたから、それだけにどこか深みがあるのです。ところがいまのああいった大臣などは、たいてい大学を出て官吏になって順調に来たというのですから、本当の社会の苦労をしてないのです。本当にお坊ちゃんというような甘いところがあるのです。ですから本当に苦労したというのは広川和尚くらいです。これは労働者から酒屋の親父をして、それから政治家になったのですから、ほかとは違った点があります。今度の広川問題もそうとう恐れられた問題でした。いまでもあの人を支持する二、三十人の部下がいるのですから偉いですが、あまりにやじり過ぎていまの人としては教養が足りない点があります。だからやじり過ぎて少し下卑<げび>てます。それをとったら将来大物になります。政治談のようになりましたが、このくらいにしておきます。
▽次節に続く▽