▽前節から続く▽
四、五日前に洋画家の佐野繁次郎という人で、そう派手ではないからあんまり有名にはなってませんが、あの社会ではそうとう嘱目<しょくもく>されてます。この人がフランスに二年行って帰ってきて、四、五日前に来たのです。私は絵が好きな関係上、フランスに行く二、三年前からちょいちょい会って始終議論を戦わしていたのです。それで今度も、とにかくフランスを中心にヨーロッパの事情をいろいろ聞いてみたのです。その中の珍しい話が二、三ありますから、それを話してみようと思います。宗教は無論キリスト教ですが、その中でもカトリックがたいへんな勢力だそうです。
ヨーロッパはほとんどカトリックで押さえているようなものだそうです。貧民はそうでもありませんが、中流以上の家は、食事をするときまわりに椅子を並べますが、その中に立派な椅子を一つおいてあるのです。その椅子というのは、カトリックの坊さんで、長老とか神父とか言いますが、懺悔僧<ざんげそう>と言って、その一家族の懺悔を聞く人だそうです。自分が悪いと思うことはなんでも、翌日懺悔するのだそうです。「昨日はどこに行ってこういう間違ったことをした」あるいは妻ある人が「こういうほかの婦人とこういうことをした」というように残らず懺悔をするのです。ですから夫婦同士で、夫や妻に言わないことでも懺悔僧には言うのだそうです。そういう癖がついているので、溜めておくと気持ちが悪くてしょうがないので、懺悔をするとさっぱりするのだそうです。ですから一家の秘密のどんなことでも知っているわけです。カトリックの坊さんは、ちょうど一軒の家の支配者です。大部分がそういう家ばかりだそうです。ちょうどカトリックで支配されている、つまり精神的に握っているということになるのです。実にたいしたものです。アメリカなどはそれほどでなくても、やはり非常に勢力を持っているのです。そのために各地からあがってくるお賽銭がローマの法王(ピウス十二世)にはいってくるのはたいへんな額で、何億になるか分からないそうです。そこで芸術家……偉い音楽家とか学者、画家というのを非常にかかえて、各地で演奏会をするというようなことは、ほとんどローマ法王がやっているのだそうです。それに対してスターリンが負けずになって引っ張るのだそうですが、ローマ法王にはとてもかなわないそうです。というのは、ローマ法王のほうはいくらでも金を出すのだそうです。そこであっちの油絵などはずいぶん高くなったそうです。いま一番高いのは、日本の金にして一枚三〇〇〇万円から四〇〇〇万円だそうです。ところがスターリンがそれを買いたくても、金ではとてもかなわないのだそうです。それでいまスターリンの目標というのはカトリック征服だそうです。ほかのものは、いざとなればどうにでもなる、という考えですが、カトリックだけはどうしても共産主義はかなわないということになっているそうです。これは前にスターリンが政権を握った最初のうちは、各教会をつぶしてキリスト教をぜんぜん追放してしまうという政策をとりましたが、教会堂を閉めさせても、どんなことをしてもお参りにくる人が集まってきてどうにもしようがないので、とうとう許すということにしましたが、そのくらい信仰というものには共産主義もかなわないということになっているのです。ですからドイツだとかイタリアとか、フランスもそうですが、キリスト教民主主義とか、キリスト教社会党とか、いろいろありますが、それが非常に勢力があるのです。票数は一番多いことがあります。あれはやはりカトリックなのです。それで坊さんが 「こうこういう人に投票しろ」と言うと絶対だそうです。だからヨーロッパの全権はほとんどキリスト教が握っているということになります。それがスターリンの大敵になっているのです。これは非常におもしろいと思います。それではアメリカはどうかというと、アメリカもほとんどは支配的です。そこでそのために新宗教を非常に嫌うのです。新宗教というのは外国のです。ですから私のほうで今度アメリカのほうに樋口さんが行くについても、なかなか困難だったのです。ところがこっちの神様……と言うと変ですが、まあカトリックの親分みたいな神様ですから、やはり奇蹟的にちゃんと行けるようになったのです。だから結局カトリックが救世教になれば世界はそれで万教帰一で、帰一されてしまいます。しかしそれほどの勢力をこっちに入れるということは、なかなかむずかしそうですが、これはわけはありません。時期が来ると簡単にさっといきます。それはカトリックを支配しているのはやはり救世教の神様ですから、時期が来ればちょっとねじを巻けばそれでいいのです。しかしいまはこっちに準備ができていないから、いまはそうされても困りますが、それは神様がちゃんとやられます。
▽次節に続く▽