御伺い H・T(一昨年一二月入信。三一歳)。昨年一〇月父も入信させていただき、同時に大光明如来様を御奉斎させていただきました。一七歳のとき、ちょっとした熱より、歩行困難となり、その後一年くらいのうちに両眼を失明いたしました。最初は医療を受け、その後祈祷師に頼みましたが良くなりません。御浄霊いたしますと、最初からマバユク感じます。以前より霊動(龍神のごとし)があり、口は切りません。物にすがって二時間くらい歩行の練習をいたしますと、左足の裏が熱くなり歩けなくなります。両足を前に伸ばして座りますと、左のほうに倒れます。祖母は四〇歳過ぎより、リウマチで左足が曲がらなくなり、本人も主に左足が悪いようでございます。なお、本人が生まれたとき、祖母は両眼が失明し、二年後に死亡いたしました。このことと、なにか関係がございましょうか。御教えのほどお願い申し上げます。なお、御神体御奉斎のとき、お供えいたしましたミロクの餅が、溶けて花のごとく開きました。このことも、なにかのお知らせでございましょうか。
御垂示 これは、やっばり龍神さんですね。殺された……これは青大将ですね。その霊が崇っているんですよ。怒っているんです。それで、崇るわけですね。ですから、この人は光明如来様をお祀りしてある部屋に休むようにして、できるだけ御神書を読んで聞かせるようにする。それから、後頭部の真ん中のほうですね。後頭部の所に固まりがありますから、それを良く浄霊する。それから前頭部……そこを浄霊する。それに、医者もたいして荒っぽいことをしないようだから、これは治るわけですね。かなり固まっているが、気長にやれば治るわけですがね。別にどうという難しい所はないですよ。いま言ったようにして、気長にやってご覧なさい。少しずつ治りますよ。それで、足の悪いのも、やっぱり龍神さんが憑っているためです。前頭部の中央ですからね。ここ(前頭部)を浄めるには、やっぱりここ(後頭部)が肝腎ですからね。
御伺い T・T(三八歳)。妻の実家の分家は、昨年一一月入信させていただきました。長男A(七歳)は右扁桃線部に大人の拳大の腫れものができ、一時は危険な状態を御守護いただきました。分家の主人(0・M)は同村の小学校長で傍らに雑貨商を営んでおります。一月一三日に光明如来様を御奉斎させていただきました。その後一七日夜、妻の御浄霊中に0・Mの先妻の霊が出てまいりました。この先妻は私の妻の実妹(S)で、子供五人を産みましたが、みんな三歳で腸疾患で死亡しております。霊は「分家の商売が御神意に添わぬ(利潤の追求が過ぎる)点があるからぜひ商売を中止せよ。そして教職に専念してもらいたい。もし営業を止めぬ場合は、A(後妻の子)の命を取る」と申します。しかし、分家はだいたい良心的な経営をしているようでございます。また霊の言う通りにいたしますと、世間への影響もおもしろくありませんので、いろいろ説得いたしますと、「明主様のお許しがあれば営業してもよろしい」とのことでございます。右の霊の申すことは正しいのでございましょうか。また商業はいかがいたしましたら、よろしゅうございましょうか。御教示のほどをお願い申し上げます。
御垂示 私が許せば良いと言うんだから……私が許すから良いじゃないかね。やっぱり、霊の性格ですよ。この人は、非常に小乗的の……まあ、律義者なんですね。ですから、この霊にはそういうふうに思われても、しかたがないんで……それで、校長さんと雑貨商と両方ですが、そのままにしておけば、もし雑貨商がいけないというわけだと、神様がちゃんと無理がなく止められるようにしてくれますからね。ですから、急にどうこうという心配はいりませんから、そこを神様にお任せして、ずっといままで通りにやっていれば良いですよ。
御伺い A・K(未入信。五六歳)。山二月一二日より御浄化をいただき二、三日おきに私(中教師、O・U)が出張御浄霊をさせていただいておりました。一二月いっぱいは不快感で寝たり起たりし、一月一四日に長男の結婚式で、いろいろ心労ながらも無事すませました。二一日より御浄化が激しく床に就き、御浄霊いたしますと黒茶色の物を約五合くらい吐き、それより毎日三合から五合くらい、御浄霊のたびごとに十五、六回吐き、肥っておりましたが、みるみるうちに衰弱し、鳩尾部と少し下部に二つ、大きな固結がありましたが、現在は鳩尾部に少々ある程度でございます。背面を御浄霊いたしますと、吐きます。また食欲はなく、少量のお粥とクズ湯を少々いただくだけでございます。胃には痛みがなく、臍の左側がときどき痛みます。薬は使用しておりませんが、鍼と灸はそうとういたしております。またP―教団の別派暁教の補教師で三、四十名の信者を受け持っておりますが、本教に一生懸命すがっております。右御垂示のほどお願い申し上げます。
御垂示 これは結構ですがね。この人は、つまり胃に小さい穴があいているんですよ。それで、少しずつ来ては溜まって、固まりができていたのが、浄霊で溶けてきて、そうして吐くんですから、ある期間食欲がなくなって……しかたがないんです。ですから、あんまり急に衰弱しないために……そういうときは浄霊を休んでいるんです。そうすると、いくらか食欲がつきますから、そうして食べて身体がしっかりしたら、また浄霊をする。と、気長にやったほうが楽にいきますね。ですからこれは、たいへん結構なんですが、やっぱりこれは、昔……子供のうちかなにかに、服んだ薬が毒血になって、背中に固まっているんです。ですから、背中を浄霊すると、溶けて出るんですから、本当は結構なんです。で、かなり衰弱しますが、割合大丈夫なものです。ごく衰弱すると、ぬくみが来ますからね。それでも別に差し支えないですよ。ふつうは、そうならないうちにすむものですがね。だいぶ大きな固まりも、小さくなったんですから、もう一息ですよ。それで、当分お粥みたいな物をやって、あんまり固形的な物をやらないんですね。まあ、それだけです。
御教え 私は、一昨日箱根の美術館を見に行ったんですが、だいぶ……もうできて、だいたい塗るばかりになってますが、なにしろ寒いですから、塗れないで、どうしても三月の声を聞かないと塗りにかかれないんです。三月過ぎるとどんどんできるでしょう。だから、予定の五月にはできあがるつもりで、六月は予定通ち開館式もやれると思います。
美術館について、ちょっとおもしろいこともあるので、それを書いたんですが、いま読せます。
(御論文「私の美術修業」朗読)〔「著述薦」第一〇巻三八七―三八九頁〕
いま読んだようなわけで、いろいろな日本美術を並べるつもりですが、たいていの人は、あまり見たことがないような物が多いと思います。というのは、日本美術を見たいと思っても、見る所がないんです。譬えて言えば、なるほど日本は琳派……光琳、宗達、乾山なんかが良いと言ったところで、それを見ることができないですからね。博物館に行っても、ほとんどないんですからね。去年の秋、「琳派展覧会」があったですが、あれを見たところで……宗達の屏風だけは立派な物がありましたが、他はまことに貧弱で……光琳、乾山……そんなものが二、三幅あったくらいのもので、それもあまりたいした物じゃないというわけでした。他の物にしろ、博物館に出ているのは、その画家の傑作でなくて……これはという物は、ほとんどないですね、他に行っても、日本美術はぜんぜんないんですよ。だから陶器類、漆器、銅器……日本での優秀品ですね。そういうのは、ほとんど見る所はないんです。今度の箱根のは、そういう物をそうとう並べますからね。見ればびっくりするだろうと思います。日本人がこんな立派な物を作ったのかということが解る。絵にしろだいたい日本を主にして、支那を少し入れてありますが、これをすっかり見れば、ピカソなんかで驚くことはないんです。あれは、本当に良い物を見ないから、マチスやピカソあたりにびっくりしているんです。本当に良い物を見たら、今度私はピカソの批評を書きましたが、ああ言わざるを得なくなるんです。そんな点で、外国人も日本の美術を非常に見たがっているんですよ。ところがそういう機関もないしね。どうも、いままでほうぼうに散らばっていて……旧大名とか新しい華族にも少しありますが、財閥とか……そういう倉庫にしまってあって、さっぱり……見ようと思っても見られないんです。ところが終戦後みんな、そうとうにはき出したんですね。そういうのを私が、その時分ですから安く買いました。それからいままでも、売りたがっているのがあるんですよ。だけども、いろんな……名誉だとか税金の関係で、手離すことができない。そういうのは話をして、うまく借りて並べる連絡もだいたいついてますから……そこで、そういう物を並べると、外国人なんかも、非常に喜ぶだろうと思います。
今度…‥最近アメリカのロサンゼルスで展覧会があるんですが、それは支那陶器の展覧会です。支那陶器…‥宋時代です。宋磁展覧会というのをやるんです。宋時代というと、いまから一〇〇〇年前から八〇〇年前ですね。約二〇〇年続いたんです。そのときは、支那ではあらゆる文化がもっとも絢爛たる時代ですが、ちょうど……日本でいうと、平安朝時代とでもいって良いですね。年代もほぼ同じですがね。その時代には非常に良い物ができたんです。それですから、そういうようなものを、アメリカ、イギリスあたりでは、非常に珍重されてね。宋磁展覧会をやるけれども、日本にああいうもので良い物があるんですよ。そこで日本にぜびと言って、依頼してきたんですよ。で日本で、ちょうど一五点出すことになって、この間発送しました。それは一級品ばかりですね。日本のどこになにがある、なにがあると、向こうで、ちゃんと調べてあるんです。博物館とかいう……そういう方面のみならず、個人の家にあるのも知っているんですよ。譬えて言えば、東京の芝に晩翠軒という支那料理屋があるが、その親父さんが、好きで持っているんです。私も行ってみましたが、牡丹の模様の花生があるんです。それが先方からちゃんと指定してあるんですからね。井上常一と言うんですが、それはやっぱり宋時代です。黒模様の牡丹の花生を、というんで、実に行き届いたものです。そんなようなわけで、日本に支那陶器の出品勧誘が来るんですからね。ですから支那陶器は世界に、良く知れている。ところが、日本の絵にしろ、陶器にしろ、まだ解らないんです。目に触れないんです。やっと写真版を見るくらいで……写真版じゃ解りませんからね。そういう意味で、日本の美術を大いに紹介する必要があるんですね。私は、そういう頭で集めてありますからね。なるほど、たしかに支那陶器は良いです。私も好きで少しは集めましたがね。ところが日本の陶器も、なかなか独特で、支那陶器に負けない物があります。日本人は勿論ですが、外人も知らないんです。そんなような教育をしたいと思ってます。美術館と言うより、美術教育館と言ったほうが良いですね。ですから、ずいぶん評判になって、客がたくさん来るだろうと思います。そのつもりで、いま設備してますがね。一日に何千人と来るだろうと思います。よほど準備をしないと……それに、美術品を見るのに、押すな押すなじゃ、落ちついて見られませんから……そこで、やっぱり人を計って見せる……好きな人が良く見たら、半日かかっても見られませんよ。たいして品数はないんですが、良い物ですからね。少し趣味のある者なら、離れられませんね。一品か二品でも、良い物があると、汽車に乗って遠くにも行きますからね。東京の人が大阪に、大阪の人が東京に見に行く、それが、一品を見るのに行くんですよ。それが幾品もあるんですから、こたえられませんよ。ですから休息所を作って、そうとう大きな物を作って、人を計ろうと思っている。ニ、三百人ずつで、最初がすんだころ行く。落ちついたころ行く……そういうようにね。箱根のほうは見本ですけれども、いずれ熱海のほうに造る。これはもっと大きな、世界的のものを造るつもりです。箱根の今度の美術館でも、やはり世界的に違いないですよ。世界一ですよ。なぜなら、日本の美術をそんなに並べられる所がないからね。もう、世界一に違いないです。美術館の話はそのくらいにして。
まだ少し時間があるから、もう少し話を……熱海の地上天国も、だいぶ敷地のほうが進んできましたが、いまツツジの山を作ってますが、あれは植木屋が泡食ってツツジを植えちゃったんで……私が思うのと違うものですから、ツツジを抜いてやり直したんです。というのは、山がフックリしなければいけない。割合に平面めになっちゃった。だから柔らか味がないものですから、今度フックリとした所が、柔らか味が出て、私も満足しているんですが、それからいま、晴々台と展望台を繋げる所をやってます。あそこも、あれができると非常に具合が良くなる。私は、あそこを悩んでいたんですが、あそこをやる時期になると、ヒョッと解るんですが、そうすると、神様があそこの地形まで、うまく準備されていたということが分かるんです。というのは、展望台から晴々台に行くのに、雨でも降ると濡れなければならない。すると、どうしてもお祭りのときなど役員が支度するとか、芸能人が支度するという所が必要なんです。それを会館の中に作る。と、最初はそのつもりでいましたが……会館が小さくなりますからね。そこで、できるだけ広くすると、外に作らなければならない。で、展望台の円形の外に作るつもりだった。そうすると雨風のときに濡れたりしてたいへんですから、考えた末トンネルを作ると非常に良い。またトンネルを作るに良い地形になってますからね。そうすることにした。三十何間ありますからね。約半町です。そうすると、雨にも濡れないで、人にも見られないで行けるんです。トンネルの入口も出口も見えなくしますからね。いつあっちに行ったか分からないくらいです。信者さんとは、ぜんぜん違う道ですから、都合が良いです。そんなわけで、だいたい、建築するまでには、もう三月か四月でできるわけですから、そこで夏あたりから建築にかかれると思うんです。だいたい、今度は大きいですからね。会館が六三〇坪ですね。で、鉄筋コンクリートですから、そうとう金もかかりますけれども、しかし二階三階というんじゃないですからね。一階ですからね。それに、中に別に造作はいらない。伽藍堂ですからね。まあ、椅子の数ですが、それはそうとういるだろうと思います。椅子は五人か六人並んで、下にテレンプを張って……まあ、長椅子ですね。それで二〇〇〇人くらい入れるものにしたいと思ってます。建築家のほうは、千五、六百と思ってますが、なんとかすれば、二〇〇〇人くらい入ります。で、様式は私が新しく考えたんです。これはまだ、いま発表しないほうがおもしろいと思います。伏せておきます。いずれ図面もできますしね。これは、ちょっと世界にないような様式のつもりですからね。それから舞台もできて、舞台の後ろがやっぱりこういうように御神前になるわけです。で、舞台も……劇場じゃないですが……音楽、舞踊くらいできるような舞台を作るつもりです。これは、将来また……先のいろいろ考えがあるんです。それはいずれ発表しますけれども、そんなようなふうで、いろんなことは、だいたい私の頭に設計ができてますからね。で、設計家の吉田五十八という人と、これから相談してやるつもりです。そんなようなわけで、だいたいこの夏か秋あたりに始めるつもりで、一ヵ年の予定です。来年の秋までに造るつもりです。展望台と一緒に造るつもりです。展望台は簡単です。円形のガラスで、これを直線に合わせていくんです。上は真っ平らな天井ですね。その後に、いま言ったようないろんな……役員の支度部屋だとか、応接間だとか……そういうものを作って、二階に小さい展望台を作って、そこを私の居間にしようと思っている。居間といったところで、私の休息所とか、支度部屋というのです。そうして熱海の美術館は、それから一段落ついて、ゆっくりやろうと思っている。熱海の美術館のほうは、ずっと大きいですからね。箱根の五倍くらいにするつもりですからね。これは本当の世界的のものですね。外国にないというくらいのものを造るつもりです。ですから、その様式とかいろいろな設備とかいうものも、ずいぶん立派な物ができるつもりです。それから、まだいろんな計画もありますが、いまのツツジの山ですね。あれも、できるとアッと言うでしょうけれどもね。その次には、あの五倍くらいの山を作るつもりです。で、桜を千本くらい植えて。本当の一目千本です。奈良の一目千本は一目でなく、いくつ目ででも見なければならないが、こっちのは本当の一目千本です。これができたらずいぶん驚きますがね。なんだか、驚かせるのが道楽みたいなものだが……私は日本人よりも、外国人を驚かしたいですね。外国人が、そのために日本に観光に来るというようにしたいと思っている。なにしろ……箱根と熱海の地上天国を見る。それで、帰りがけに日光の御霊屋とか京都を見るとかなるでしょう。なんだか大法螺吹いているようですが、確信はあるんです。神様がやっているんで、なにも心配いりませんよ。いつも言うんですが、実にたいしたものです。ちゃんと、そういうようにお膳立てしていくんですから楽なものです。今年から楽しみになっていくので、いよいよ具体的になっていきますからね。