昭和二十六年十月十五日  『御教え集』三号 (6)

御伺い 昨年一一月、医師より肺結核と診断され、マイシン二〇本、栄養剤など服用しておりましたが、本年二月ごろより御浄霊をいただくようになり、お蔭様にて高熱、喀痰その他結核症状は一〇日ばかりにて去り、非常に感謝いたしさっそく入信。順調に経過しておりましたところ、五月一〇日突然大喀血の御浄化をいただき、これが約一週間続き、それ以来現在まで四〇度くらいの高熱が毎日続き、絶え間なく咳も出ております。最近は咽喉も痛くなり、発声も不能となりました。食欲はややありますが、咽喉の痛みと連続的な咳のため食べかねております。また咳の隙をみて食事を口にすると、咽喉に玉のごときものが抑えつけ、呼吸もできなくなり、やむなく口の中の食物を吐き出してしまいます。また本人は全身的にリウマチのような苦痛ありと訴えております。衰弱は日々加わっております。右は薬毒のみの御浄化でございましょうか。または霊的原因もあるのでございましょうか。

御垂示 これは薬毒ばかりではないですね。霊ですね。こういう場合に、こういうことがありますよ。先にありましたが、命を取ろうという霊が憑っているんです。そうすると、医者にかかると喜んでいるんです。お医者が良いあんばいに、自分に共同してくれるからね。そうして薬毒をつぎ込むに従って命が縮まってきますからね。命を取ろうという憑霊の目的にはごく良いんですからね。メシヤ教なんかに救われますと、これはたいへんだ、とんでもないやつが出てきたというので、馬力をかけるんです。医者に任せておけば安心……薬を服んでいると安心だ、結局自分が命を取っちゃう。メシヤ教が出てきてはたいへんだと、どこまでも馬力をかける。そういうのが、こういう結果になるんですがね。

 それから、もう一つは、長くそういうふうに執着を持って憑いた霊は容易に退けない。命を取ると退けますがね。霊が霊界に行ってしまいますからね。それで、早く命を取ってしまわなければならないというので、それが咽喉に玉のごとき……というそれです。

 どうかすると、こういうのがあります。これが困るんですよ。これはかなり激しいほうですね。それも、薬毒がたんとないと、そういう霊もなかなか思うようにいかないが、薬毒がたくさんあると……マイシン二〇本なんてやられていれば、霊は活動し良いんです。これはちょっと受け合えませんね。まあ、霊を救うつもりでできるだけ御神書を聞かせてあげるんですね。これは問題ですね。

 それからこういうことがあります。どうしてもこの病人を治したいということは、悪いことではないが、それがかえって障ることがある。そうすると人間の霊が……生きた人の霊ですね。それが始終その人に来る。そうでなく、なにごとも神様任せで、神様にお任せしておこうというと、神様の霊がよけい入ってくる。だから執着を取ると、よけい治るということがよくあります。だから人間が手段を尽くすだけ尽くしてもいけないときは、やはり神様の思し召しがあるんだから、よろしく神様にお任せします、というそれで良いんです。

「『御教え集』三号、岡田茂吉全集講話篇第五巻」 昭和26年10月15日