昭和二十五年四月二十三日 『御光話録』十八号(14)

〔 質問者 〕現在言霊学についていろいろ研究されておりますが、真の言霊学とは思われない点が多いように存じますがいかがでしょうか。

 これはまったくですね。ラジオでやってる仏教の講義なんか聞いてると、実にコジツケもはなはだしいものがありますよ。とてつもない手前勝手な解釈なんかもしてますね。私はこれからだんだんと本当のことを説くつもりですがね。……言霊学っていうものは非常に難しいものなんです。これはごく昔はあったそうですが、中絶してしまっていたんです。それを本居宣長が国文学を基礎としてそうとう研究した。だから本居宣長が言霊学の開祖というわけですね。これを岐阜の神官の長沢という人が、宣長から学んで、ある程度の進歩をさしたんです。そしてその長沢の弟子が出口王仁三郎なんですよ。だから出口先生もそうとう言霊が判ってたんです。で、私は出口先生からも教わりましたが、それと神様から知らされたのと両方ですよ。だから、私が一番言霊学を知ってるつもりですがね。しかし、言霊のことは判っていても発表できないんですよ。なぜかって言うと、本当の言霊が判るといろんなことが判ってしまうからです。最近はまだいいんですが、終戦前には決して詳しく言霊のことを話さなかったんです。言霊で解釈すると天皇のことなんかもよく判るんです。神武天皇からずっと明治天皇、大正天皇、いまの天皇のこともみんなはっきりしちゃうんです。ところが、あのころにそんなことが当局に知れでもしたらたいへんですからね。昭和っていう年号のことだって実によく判るんです。いまでこそ言いますがね、「昭和」には昼の世界になるってチャンと出てるんです。なんと言ったってしかたがないですよ。まったく、実にたいしたものなんですよ、言霊ってものは。言霊が判れば、あらゆる神秘が判りますからね。まあ、ある程度言霊について書くつもりですが、他に仕事が多くて、それに追われてるんでね。

「『御光話録』十八号、岡田茂吉全集講話篇第三巻」 昭和25年04月23日