〔 質問者 〕昭和一九年暮れに教修をいただいた二七歳の学生、生来気が弱くて悩んでおります。いかがなものでございましょうか。
この人も、いま話した陰徳を積むのが一番いいんです。気が弱いってのは魂が弱いんで、魂に力がないんです。それで、外部から霊線を伝って霊が来るとき、その人の霊が怯えるんです。ちょうど、根の張ってないヒョロヒョロした木みたいなもんですね。霊が太って強くなれば怯えることはなくなるんです。そして信仰が強くなればそんなのはなくなりますよ。神様がなんとかしてくださるという、神様にお任せしておすがりするという想念が強くなると、気の弱いのはなくなってしまうんです。信仰がだんだん進むとね、地震なんかがきても……まあその瞬間はびっくりしますがね、やっぱり人間ですからね……しかしすぐ恢復してなんともなくなりますよ。神様が守ってくださるから大丈夫だ……と思いますからね。
なんといっても人を助けて感謝を受けるようにして魂を太らすことですね。だから、信仰に入っただけじゃ本当ではないんですよ。信仰に入るってのは、人を救う方法を教わるんですから、教修を受けてから多くの人を助けて、それで本当の御利益もいただけるんですよ。教修を受けたってのはただ門に入っただけですからね、それから玄関、さらに奥の御座敷にまで行かねば嘘ですよ。
「『御光話録』九号、岡田茂吉全集講話篇第二巻」 昭和24年07月30日