昭和二十四年四月四日 講話(8) 光録07

〔 質問者 〕御浄霊をふつうにやっておりますれば、仏の障りなどは判りましょうか。

 判りますよ、知らせられます。夢でとか、たまには神懸りになったりしてね。この間ね、……これは今度の新聞に載せますが、アッツ島で玉砕した山崎部隊長ね、あの霊が憑って来て問答したのがありますがね、やはりその人に因縁があって憑ったんですね。あれは嘘じゃない、本物ですよ。それでね、無理に仏かどうか、仏ならだれかとかいうことは知ろうとしないでいいですよ。知らせなくちゃいけないときには必ず知らされますからね。知らなくていいときにはなにも知らされません。だからこんなことはあまり考えなくていいですよ。
   

〔 質問者 〕その知らされる場合、どちらに知らされましょうか。患者のほうでしょうか、それとも教導師のほうでしょうか。

 それは患者に知らされる場合もあるし、教導師に知らされる場合もありますよ。

「『御光話録』七号、岡田茂吉全集講話篇第二巻p~」 昭和24年04月04日