昭和二十三年十月十八日 御講話(7) 光録(補)

〔 質問者 〕七福神の因縁について……

 インド、支那、日本の特殊の人から取ったのです。

【 明主様 】

 (一)恵比須は伊弉諾尊の子の蛭子で「蛭子の御堂」とも言われる。また骨なしとも言われるのですが、これは気骨のない人の意味でしょう。まあ始終ぶらぶらして釣りばかりしていたんでしょうね。

 (二)大黒はインドの神で、わが国の大国主命と一緒にするがこれは誤りです。

 (三)福禄寿、支那の人で、支那ではたいてい福とか禄とかついてます。縁起をかつぐんです。

 (四)布袋、これも支那でおそらく大きな風呂敷を背負って歩いたのでしょう。まあ乞食坊主みたいなものでしょう。

 (五)毘沙門はインドの武将です。

 (六)弁天、これはおかしいのです。素盞嗚尊の三女臣の一人の市杵島姫尊といわれるのですが「天」がついている。(註、天はインドの神)弁天は財宝の神にも芸術の神にもなっている。だから芸人はよく祀りますね。たしかに弁天は芸能が好きですね。弁天の使いの蛇も芸術が好きです。

 〔 質問者 〕なにか弁天にお詣りすると夫婦別れをすると聞きますが……

【 明主様 】

 蛇は嫉妬深いから巳の年巳の日生まれの人は嫉妬深く、また物質を集める力を持ってます。先に名古屋の有名な旅館の女将から聞いたのですが、そこには蛇がたくさんいて繁昌していた。ところが後に火事になり旅館も焼け、蛇もみんな焼け死んでしまった。そこで新しく建てたが今度はぜんぜんはやらずついに旅館を止めてしまったそうです。……また芸術については大阪に木市セイゴという謡をやる人があったが、舞台で謡をやるときよくみんながするように舞台の下に水ガメを置き、中へ水を入れておいた。これは声がよく響くからです。そうしたら大きな蛇が来て水につかりながら謡を聞いていた。これはその母親にお知らせがあり、その蛇は弁天ということが判った。またこんなこともあった、「御宮に綿を入れてくれ」とのお知らせなので入れたところ、やがて白蛇がたくさん生まれた。綿はお産に必要だったのです。手を出すと白蛇が手にのったりして終いには五、六匹袂へ入れて舞台に出る。が、謡を始めると蛇が袂から出て踊り出したそうです。……インドの蛇も笛に合わせて踊るそうですね。

 (七)寿老人、支那の長生きした老人でしょう。これらは日本で昔の人が集めて作ったものですよ。

「『御光話録』(補)(年代不詳1951頃)、岡田茂吉全集講話篇第一巻p」 昭和23年10月18日