『おまえは私の万年筆』

 私は約四年間、明主様のご口述筆記のお手伝いをさせていただきましたが、その間、自分でも不思議なほど、おっしゃるお言葉の筆記にこと欠かないくらい、字を知っておりました。いや、知っていたと申しますよりも、お言葉を発せられますと、そのまま手先が何かに命ぜられたように、スラスラと自然に書いていけるのです。

 そして筆記させていただいたお原稿は、翌日お手をお人れになり、ご訂正されます。それをまた清書させていただくのですが、その際、自分の筆記させていただいたお原稿を拝見して、“よくもこんな難かしい字まで知っていたなあ”と感心することがしばしばありました。こんなことが重なってまいりますと、つい自惚れてしまい、“おれも満更じゃないと思い、また“ずいぶんと頭もよくしていただいたものだ”と、とんでもない錯覚に陥ってしまいました。 そしてある時、明主様に、「私は、もともと畠違いの航空会社に勤務いたしておりましたから、はたして、大事な御用がつとまるかと心配いたしておりましたが、こうしてさせていただきましても、ほんとうに楽しく、何ひとつ困ったことなくさせていただけ、自分でも不思議と思えるくらい、頭をよくしていただけまして、ありがとうございました」と御礼申しますと、明主様は、『おまえの頭がよくなったのではない。おまえは私の万年筆代わりになっているのだから、私が書いているのと同じことなんだ。だからスラスラ筆記出来るんだ』とのお言葉をちょうだいいたし、不遜の鼻を折られてしまいました。