御教書<みおしえ>を拝読いたしますと、明主様は大乗的に、または小乗的に、その場その場に応じて、未熟<みじゅく>な人にも咀嚼<そしゃく>しやすく、霊魂<れいこん>の糧<かて>となる御教えを、与えておられるのでありまして、ときには、釈尊<しゃくそん>のように方便<ほうペん>もお使いになるのであります。したがって、初心者、中級者、上級者を引っくるめてのお諭<さと>しが、一冊の御教書となっておるのでございますから、部分的に取り出しますと、反対の個所も出てくるというわけで、これは『小乗の善は大乗の悪である』という一語を拝見しましても、わかるのであります。