御教えは実践の目安

 順調にいっているときは、誰しも信仰堅固<しんこうけんご>な教師、信者に見えますが、一朝困難<いっちょうこんなん>に出遭<であ>うと信仰の差異<さい>がはっきりわかるものです。すぐ小言<こごと>が出たり、弱音をあげるのは信仰の基礎<きそ>が浅いからです。だから、布教や浄霊体験は大切です。御教書<みおしえ>拝読と並行して実践<じっせん>し、体験を重ねるよりほかはありません。

 また、実践の目安<めやす>は御教書に説<と>かれてあります。明主様は言行一致<げんこういっち>、言われたことはすぐに実行され、実行されたことをわれわれに語られました。それの集積<しゅうせき>が御教書の大半<たいはん>です。だから理論のための御教書でなく、実行のための御教書です。よく明主様は、『俺<おれ>にやらせてみたら、もっとうまくやってみせるがなァ』と言っておられましたが、たしかに、何をやられても抜群<ばつぐん>の力量<りきりょう>を持っておられ、自信たっぷりでした。あの自信と実行力とを私どもは大いに学ばねばなりません。もちろん、器<うつわ>が違いますから、同じわけにはいきませんが、たとえ雛型でもよい、それに近寄らせていただくという、奮発心<ふんぱつしん>が大切と思います。