私は一介の御用商人ですが、明主様は目をかけて下さいまして、ほとんど身内の者のように扱って下さいました。明主様が、お寝みになっているお部屋まではいって行ったこともあります。明主様は、待ったなしで、御用があると、『来たか、こっちへ通しなさい』とばかり、私をかわいがって下さいました。
しかし、やっぱり普通の方とは違って、私のような図々しい人間でも、ああいう偉大な方の前では、お酒をご馳走になってもおいしくありませんでした。
ひとつのテーブルでご飯をいただき、『一杯どうだ』と勧めて下さっても、どうも酔えません。ただ、そういう時、明主様はホンの少し召上がって、いいご機嫌で、咽喉の奥まで覗かせて、カラカラとお笑いになるのでした。
でも、こっちは堅くなっているのでしょう。ご飯もおいしくなく、よく家へ帰って、家の者に、「ご馳走になったが、うまくなかったよ」などと言ったものです。
ですから、店の者をつれて伺った時など、「あちらでいただきますから」と言って、つぎの部屋に下がって、ご飯をいただかせてもらいました。先刻、明主様はちっとも恐くなかったと言いましたが、やはり恐かったんです。
第一、私が何かしゃべっていますと、明主様は、『フム、フム』とだけおっしゃっていられる。これは、『よし、よし』ということなのですが、この〝フム、フム〟が恐かったです。何もかも見通されている思いで……。
明主様はお見立てがお上手で、お嬢さんの着物を持って行けば、明主様がお見立てになるし、その場に明主様がいらっしゃらなければ、お嬢さんが、「お父さまにお見せして来るわ」といって明主様に伺いに行かれ、「お父さまがいいとおっしゃったから」といってお買上げになったものです。
奥さま(二代様)のお着物の場合は別としまして、ご自分のものはもとより、お嬢さんのお着物まで見立てられるのですから、たいしたものでした。
お洋服の場合、ご自分では、豊かなホノボノとした雰囲気の出るのは茶系統で、そういうものがお好きでした。ひとつの色でも三千種からあるんですが、明主様は全く色彩と柄合いについては立派な玄人級の感覚を持っていらして、だからありふれたものをお勧めしても、見向きもなさいませんでした。
『アンゴラの極上のシャツとズボン下を探せ』と言われ、さんざ苦労して見つけて持って伺った時は、ニコニコなさって大変喜ばれました。
明主様は、いわゆるシャレ気がなく、無造作ですが、ですから、兵児帯をくるくる巻いて、気取らずに出ていらっしゃる時もありましたが、それでいて着る物にも細心で、デリケートで、ヘンなものはお目にかけられません。
一面、非常に気軽なところがあって、箱根の観山亭へ伺った時、お風呂場へ案内して下さり、『どうだ、いいだろう』とご機嫌でした。あのお風呂場には、たしかラジオがハメ込みになっていましたっけ……。
とにかく、明主様という方は、人間的に実にカンが鋭く、こっちでソラを使っていても、心の中でチャンと知つていられるのじゃないかと思い、それが恐いといえば恐いところですが、私は根っからの図々しい男で、初対面の時からご昇天まで十年間、明主様に叱られたことは一度もありません。
初めて明主様から洋服のご注文を受けて、寸法をとりました時、『村田さん。私のからだの寸法をとるのは、あんたが初めてだよ』とおっしゃいました。何しろ、ズボンをぬがして、下着だけにして寸法をとったのですから、私も図太い男です。
ある日、明主様からいろいろとお話を伺っていると、明主様は、『きみの気持の中に、信仰というものがもう出釆上がっているよ』とおっしゃいました。その後、入信もいたしましたが、『私についていればトクをするよ。ただし信仰ボケしてはいけないよ』と言われました。
真の信仰とボケた信仰──その点の解釈がむつかしく、私は率直に、「私は商売をしていますので、神様には近づけないような気がいたします」と申し上げましたところ、明主様は、『商売だから、儲けるのはあたりまえだ。儲けなければ商売にならない。しかし、悪どいことをしてはいけない』とおっしゃいました。
これは、しげしげとお屋敷へ伺うようになってからのことです。第一印象は、せっかちにパッパッとおっしゃる方、品物をお見せすると、考える余地なしといったやり方で、パッパッと素早くお決めになる方でした。別に特別の印象というものはなく、まあ、“いい旦那が出来たわい”というくらいの感じでした。何分、私は商人ですから……。
たとえば、オーバーをお作りして持参しますと、明主様はそれをごらんになって、すぐ、『よし。では、このオーバーに似合う背広の生地を探してくれ。その生地はこういう生地で、その色はこういう色でだ』と、その早いこと、こっちがびっくりするくらいです。
とにかく、威張るところはなく、いかめしいところもなく、いい旦那という感じで、だからといって、単なる別荘のご隠居さんとは見えず……まあ、そんなことが印象に残っています。 昔流に言うと、水戸黄門みたいな方ではないかと思います。権力に対しては、一歩も引かず、対等の位置に立ってニラミをきかせるが、私ども出入りの者を非常にかわいがって下さり、引っ張り上げて下さる方でした。
どんな場合でも、利害関係を超越して目をかけて下さる方、邪な心をもち、自分の策を弄して上に持ってゆこうとする人があると、『あれは死ぬべき人だよ』とおっしゃる明主様。こういう点では、一分の容赦もされなかった方──。
その点、物凄い方。