彼女が助からなかったわけ

 明主様に特別お世話をかけた信徒のうち、私の印象に深く残っている者にT兄妹があります。兄の方は杉並区馬橋で経師屋を営んでおり、数人の子女を抱えて、始終貧苦に喘いでいました。妹のK子(二十七、八才)は、兄が入信してまもなく明主様にお救いいただくこととなったのです。

 彼女は兄の生計の犠牲となってか、深川の遊廓に働いていましたが、悪質な病気と醜業の苦しみに耐えかねて、抱主の手から脱出したものか、あるいは養生の名目で、兄の家に身を寄せたものか、はっきりは判りませんが、とにかく明主様にお縋りしたのです。

 明主様は、瀕死の窮鳥のような彼女の身の上に、ご慈悲の涙をそそがれ、一応健康な身体にして、信仰により通常の人間に更生させようとのありがたい思召しから、松風荘へお引取りになり、お手伝いとしてお使いいただきつつ、ご浄霊下さることとなったのでした。

 すさみ切った彼女の心身も、神の御光に包まれた、松風荘のお恵み豊かな生活に心明るく更生し、半年も経たぬうちに、身体もふくよかに艶々しく、顔も麗わしく、全く別人のように変わってしまいました。彼女が夜の女であったことは、彼女自身固く秘していましたし、明主様も極秘になさっておられたので、他の奉仕者は、だれもその前身を知る者はいませんでした。

 彼女がお救いいただいてから、一年ぐらい経った時でしょうか、彼女の前身もついに一同の前に暴露される出来ごとが起こったのです。ある日のこと、一見暴力団ふうの色メガネをかけた中年男が、愚連隊ふうの背の高い青年をつれて、松風荘の門を叩き、「この家にはK子という女が厄介になっているそうだが、その女のことで話があるからご主人に会わしてくれ」というので、だれかがその旨をお取次すると、明主様はお会いになるとのことでありました。これを聞いたK子は、顔面蒼白、恐怖に戦きながらどこかへ隠れてしまいました。彼女はかれらを死刑執行官のように怖れていたのです。

 あとで聞けば、それまでかれらは再三K子の兄を訪れて脅迫し、妹の在所を追求したのですが、兄は明主様のご迷惑を恐れて明かさずにいたところ、今度はさすがの兄も恐怖にたえかねて、松風荘にお世話になっていることを漏らしてしまったというわけです。二階へ上がって来たかれらを見た時、たしかにドスでも呑んでいるような凄味が感ぜられて、はなはだ薄気味がわるく、私はこれはただではすむまい。どうなることかと緊張しているうち、明主様はお部屋でお会いになりました。もし暴行でもするようなことがあったら、間髪をいれず飛びかかってやらねばならぬと、内心ビクビクもので、襖ひとつ隔てた部屋で、息を殺して様子を見守っていました。

 かれらは遊廓から依頼されて来たもので、用件はよく覚えていませんが、「K子にはまだ借金も残っているし、当方のものでもあるから、即刻返してもらいたい。勝手に飛び出したものを、匿まって使っておられるとはけしからん。なんらかの挨拶があってしかるべきだ」というようなことがあったと思います。しばらく問答を交わされたが、明主様は泰然たるご温容の中に、犯し難い威厳をもたれ、あくまでも穏やかなご態度で、簡潔に話の要を尽くされて微塵の隙なく、実になんともいえぬ妙味のあるご応接ぶりは、もし侠客(きょうかく)であられたなら、大親分という感じを受けました。

 私は明主様のかようなご一面を初めて拝した気持で、つくづく驚嘆にたえなかったのでした。そして最後に、あまり豊かでないご懐中から○○円だかをお与えになって、かれらを満足させられました。私はそのありがたい思召し、温かいご処置に他人ごとながら涙を覚え、平伏せずにはいられませんでした。かれらは明主様のご貫録と、ご理解あるおさばきに、すっかり恐れ入った形で、初めの凄味はどこへやら、上気したような顔に、満足の色を見せながら辞去して行きました。

 あとでおうかがいすると、明主様は、『あのような連中は、おとなしくすると、なめてくる。強く出ると、絡んでくる。そこは、なめられず、文句をいわせない扱い方があるのだ』と、ポツリとおっしゃいました。

 このことによって、彼女に関するトラブルもすっかり解決がつき、K子は不安や恐怖から全く解放されて、晴天白日の身となって御用にいそしみ、幸福そのもののようになりました。

 しかし、それから半年ぐらい経ったころから、腹部が腫れ出し、全身的浮腫を生じて、腹膜炎症状となり、御用も出来かねるようになりました。明主様は毎日ご浄霊下さいましたが、なぜか治癒するどころか、腹部はますますふくれて、歩行すら困難になって来ました。それでも明主様は能うかぎり回復の道を尽くされましたが、ついに大神のお許しなきを悟られ、兄の家へ引きとらせられましたが、それから幾日か経って、安らかに帰幽したとの知らせがありました。彼女の肉体の曇りがあまりにも多く、今生での御用は許されなかったのであろうと思われます。

 彼女が帰幽してからまもなく、明主様は私におっしゃいました。
 『K子がどうして助からなかったのか、おまえにわかるか。あれは、神様にあれほどよくしてもらったのに、最近は欲が出て、神様を背にする気持になったからなのだ』

 それで私も初めて、最近彼女が入念に化粧しだしたことなど、いろいろ思い当る節がありました。