『神様がついている』

 昭和二十三、四年ごろ、救世会館の敷地工事に着手してまもない時で、まだ現在の梅園が買収されていない当時、大石垣を造るための砂利、砂、セメントは、すべて美術館敷地附近から、奉仕隊が肩に背負って担ぎ上げていた時代がありました。

 ただいまの新人寮の所から、『自動車道路を造る』というお言葉があり、種々ご下問がありました時、「この切り取った土は、いかに処分させていただくのでしょうか?」とお伺い申し上げたところ、『きみ、そんな先のことまで心配するな。神様がついているんだから心配ない。いまにいいようにして下さるよ』とのお言葉があり、その時は唖然としてしまいましたが、まもなく梅園の土地が手にはいり、切り取り、排土作業など、万事好都合に行き、そこから出た石で、新人寮附近の大石垣が全部出来てしまいました。

 その後も石が必要な時はその附近から出て来るし、土があまれば適当な排土場が出来るというような次第で、“なるほど神様がついておられるに違いない”と思い、それからは、先のことまで心配するのはバカらしくなりました。