私は箱根美術館で、その建物、陳列品、それからお庭などを見せてもらい、教祖の身の傍にあるものは、みな筋が通っていると感じました。
私が美を好むわけは、自分の品性を昂めたい一心からです。現在われわれは孔子とか孟子とかいった偉大な人格に直接触れることは出来ません。
しかし、美術品とか、書画などによって、そういう高い人の遺したものを見ると、心が醇化され、全く頭をガンと叩かれたような気持になるのです。美術品を見ることにより、自分の魂の向上ということが、単刀直入に量れます。
私は教祖が、それを十分に認めていられたということに感服しているのです。
それから庭を見て特に感じたことは、第一に普通の庭園ではないということです。まず大きな石ばかりで出来ています。それは人物が巨きく、度量が宏大なことで、そうした心境の高さをつくづく感じました。
いずれも自分のセンスで体当たりして蒐められた美術品であり、造られた建物であり、庭であって、教祖の人物が一貫して流れています。
箱根も熱海も、そうした特色がありますが、これは教祖が美を通じて大衆に働きかける如実な雄弁です。それを一般に公開して見てもらうことは、ひとつの立派な救済事業であり、美術館の経営は大変な成功だと思います。高い金を出してつくられたものですが、将来は安いものだったということになりましょう。