たまのいずみ信仰編

人事をつくしてご守護を待つ

 信仰に入りますと、非常なおかげをいただきまして、万事うまくやっていただくものですから、ついそれに慣れまして、どんな場合でも、神さまが守ってくださるのだから、どうにかなるだろうといったような依頼心を起しましたり、つぎには …

依頼心を去る

 信仰者には、神さまというたいへん大きな後楯がありますから、おなじ苦労でも苦労にならないのであります。楽な気持でどんなことにもたえていけます。これがご神徳であります。しかし、神さまはどこまでも最後の後楯であって、なんでも …

信仰の合理性

 よく信仰者は惟神とか、神さまにお任せするという言葉を使って、人事をつくさないさきに、神さまに押しつけようとするずるいくせがありますが、これでは神さまは横を向いておられます。こういう人は、ちょっと行詰っても、自分の努力の …

不動の信仰をうるための修養

 入信すれば、もはや一人まえの信者であると考えるのは早計であります。入信とは、信仰初等科への入学手続きがすんだにすぎないのでありまして、それからあと信者としての信仰を身につけていくことが肝心なのであります。まず信仰者とし …

常識を養う努力

 人間は考える葦ともいわれ、読書の習慣を身につけることが大切と思います。明主さまもご病弱なお若いころは、読書によってなぐさめられ、独学されたとうけたまわっておりました。信者のみなさまは外分(体的)の修業とともに、御教書拝 …

利他愛に徹す

 信仰のあり方として、私は、つねにわれよしをすてて、利他愛の精神に立脚せよと教えておりますが、これは信仰にかぎらず、人間幸福獲得の絶対的条件であります。御教えにも、幸福の鍵は他人を幸福にするために努力することであると示さ …

自分のおかげはあと回し

 神さまの道は、自分のおかげはあと回しになっても、まず人によろこんでもらいたいという心でなければ、ほんとうのご神力はいただけません。人をさきにする人は、神さまが見ておられ、守護してやらねばというわけで、生活面の保証くらい …

試練も神さまのお恵み

 信仰に入りますと、最初はおかげをいただいて、善いことづくめでよろこんでおりますが、いよいよ信仰が確定しますと、こんどは、いままでの借金払いをして、曇りを払っていくため、いろいろなことが起ってまいります。しかし、これは神 …

苦しいときの辛抱

 罪穢を背負っておる人びとが、悔い改めて神の道につこうとするときは、まず、神さまから重荷を除かせられるので、いったんは苦しい目に遭うこともあります。しかし、ひたすら神さまを念じ、信仰を違えず辛抱しておれば、神さまはともに …

浄められたあとは

 罪穢(めぐり)が、その人なりその家なりにあって、それが清算されていないときには、いいことをいくらしたいと思っても、罪穢のためにおさえられて、八方塞がりのようなことになるときもあるのです。けれども、これは大きな意味からい …