書籍

権威と謙虚と

 岡田教祖さんにお会いして、最初に私の胸に来たのは、“いい方だなあ”ということでした。  そして、からだの小さい人だなとお見受けしたのでしたが、東宝の小林一三さんも小さい人でしたので、その点何か似ているなと思ったことでし …

『仕事に誇りをもて』

 私の姉が信者だという関係で、二十四、五年ごろから、玉川の宝山荘へはよくまいりました。  渋井先生も、私が女優ということで特別に目をかけて下さいまして、浄霊もしていただきました。  その後、熱海や箱根へもよく参拝いたしま …

無我の人

 岡田先生との初対面は、昭和十八年の秋か十九年の春ごろだったと思います。  そのころ、私は表向きは写真家ですが、秘密の肩書は横須賀憲兵隊三島分屯所熱海分隊という長いもので、私服の憲兵隊員であったわけです。  岡田先生に会 …

自信に満ちた威厳

 私どもの寺(明主様菩提寺)は、昭和二十年三月二十日戦災で全焼しましたが、焼けてまもなくのことです。 荷物といえば将校行李ひとつで因っていた時、ご隠居さん(おばさま)が訪ねて来て下さったことがあります。  その時、私ども …

代償を求めぬ愛

 たしか昭和二十八年の秋でした。  たまたま毎日新聞に、免囚保護の仕事をしている私のことが出ましたが、それを明主様がごらんになって、美術館の奉仕者を新聞社へやって私の住所をしらべさせ、その人はその足で私の宅へ来られました …

愛情の権化

 私は昭和八年ごろ、大本で出している「愛善新聞」の配布担当係として、郷里の鳥取県の在から東京へ派遣されて来ました。そして、大森の支部(明主様はその支部長)へ伺い、初めて先生(明主様)にお目通りしたのでした。  先生は、大 …

いまも不思議なこと

 私は明主様が清水の警察署に留置されていらした時、差入れ屋のおかみとして、三度々々の食事をお持ちして行ってお給仕していましたが、ある日こんなことを明主様に申し上げたことがあります。「先生、私、このさき家の方も買って増やし …

『わしはまだ人間だなあ』

 教祖の岡田さんというひとは、全くザックバランで、風貌から言えば田舎のおじさんというところで、初めのうちは、この人から思いもせぬ話をされ、非常な驚きを感じました。 別の言い方をすれば、びっくりするような見事な言葉が口から …

凝り性が幸いして

 岡田さんとぼくとは昔から商売仲間で、旧いつきあいなんですが、かれは昔から物事に凝り性なところがありました。  いつごろかはっきりしないが、大正末期のころ、岡田さんは神様に凝ってしまって、よく組合の会合などで集まると、神 …

書は人なり

 私はあるご縁で、昭和十五年の暮に渋井総斎先生にお目にかかりましたが、先生の手引きで、翌年の四月、宝山荘に伺って、初めて明主様にお会いしました。  明主様は、『篆刻(てんこく)のことで、松林に会いたい』と渋井先生に言われ …