昭和二十六年五月二十日 『教えの光』(宗教、科学、哲学、芸術)(16)
御伺い 神力、金剛力、観音力について。 御垂示 この力の根元は同じことであるが、そのときの表わし方により違う。例えば観音力は仏界のある間の力で月の力である。仏力の表わし方であるから弱い。神力は仏力より何十倍も強く、金剛力 …
昭和二十六年五月二十日 『教えの光』(宗教、科学、哲学、芸術)(17)
御伺い 千手観音様の御頭の上にお顔が見えますが、なにを意味しているのでしょうか。 御垂示 仏であり阿弥陀如来である。実をいうと阿弥陀は観音の母になる。神仏は人間と違って親子夫婦など場合によりいろいろにかわる。千手観音の頭 …
昭和二十六年五月二十日 『教えの光』(宗教、科学、哲学、芸術)(18)
御伺い 法身、報身、応身について。 御垂示 報身--地--釈迦、法身--月--阿弥陀、応身--日--観音となり、観音が一番上である。 法身は水の働きのみで彼世のことが主である。この世の救いよりは霊界すなわち浄土へ救うの …
昭和二十六年五月二十日 『教えの光』(宗教、科学、哲学、芸術)(19)
御伺い 神龍、天龍、金龍、銀龍について。 御垂示 神龍とか潜龍といっても特別の意味はない。天龍は天界を守っている。地上では金龍が最高であって次が銀龍である。龍神の偉くなったのが神龍である。蛟龍や白龍などもそうとうの格式が …
昭和二十六年五月二十日 『教えの光』(宗教、科学、哲学、芸術)(20)
御伺い 神龍のお働きをお聞かせください。 御垂示 神龍はたくさんある。神様の仕事をする働きをする龍はみんな神龍で、天然現象なども神龍がする。神様の命によりいろいろな御用をする。人間にも憑る。ただし金龍は一柱である。
昭和二十六年五月二十日 『教えの光』(宗教、科学、哲学、芸術)(21)
御伺い 大神、神、尊、命とどういうふうに違いましょうか。 御垂示 人間の一番偉いのは命といい、ふつう人間が死んでつける。 尊――これは生きているうちから位のあった人につける。命より上になる。例えば素盞嗚尊などそうである …
昭和二十六年五月二十日 『教えの光』(宗教、科学、哲学、芸術)(22)
御伺い 分霊と化身について。 御垂示 分霊とはわけみたまと言い、人間にはないが、神様はいくつにも霊を分けられる。しかし神社で同じ神様をほうぼうで祀る場合、神の分霊というが本当を言うと、家来の直系とか傍系などの神様もある。 …
昭和二十六年五月二十日 『教えの光』(宗教、科学、哲学、芸術)(23)
御伺い 稲荷大明神また〇〇明神などと明神なる言葉を用いますが、明神について。また天王様、天神様とはいかなる御神格の神様でしょうか。 御垂示 明神――最初は偉い神様などにつけていたが、それがだんだんでたらめになった。こうい …
昭和二十六年五月二十日 『教えの光』(宗教、科学、哲学、芸術)(24)
御伺い 七福神について。 御垂示 これは伝説的なもので、はなはだ曖昧きわまるものである。いろんな説や解釈があるが、要するに日本、支那、インド三国の著名人を集めて古人が作ったものであろう。毘沙門天とか、弁財天とかすべて何々 …
昭和二十六年五月二十日 『教えの光』(宗教、科学、哲学、芸術)(25)
御伺い 御簾の由来について。 御垂示 以前偉い人、特に天皇が家来に会う場合簾を垂れた。貴人を崇める形式である。床の間もそういう意味のものである。神武天皇以前はそうであったらしい。それが自然に民主的になり、簾なしにお目にか …